三光「寺」 保存されたわずかな石仏

 日秀上人の興した元の三光院(寺)が、明治の廃仏毀釈によって廃寺となり、日秀神社となった。

 石仏は全て廃すよう命じられたが、信仰の厚い村人はできるだけ隠しておいた。
戦後またそれを並べ直した。が、心ないマニアに一部は持っていかれ、また減ってしまった。

画像1


 そのような由来を歴史的に記さず、ただ旧社格を「無格社」とする鹿児島県神社庁の由来書記述は、欺瞞的であり、不誠実である。


ここから先は

198字
上記テーマについて「魂の螺旋ダンス」に漏れている原稿を新規執筆したり、採掘したときに、追加していきます。記事はまだまだ増えていく予定です。いくら増えても最初の200円だけ。

部族シャーマニズムや、天皇制に弾圧される以前のこの島の信仰について。

もしも心動かされた作品があればサポートをよろしくお願いいたします。いただいたサポートは紙の本の出版、その他の表現活動に有効に活かしていきたいと考えています。