見出し画像

ショートストーリー劇場〜木曜日の恋人〜61 『ゆめちゃんとふしぎなおともだち その②』

その①


 いよいよ夏休みがやってきました。終業式の日にゆめちゃんはあさがおの鉢植えを大事に持って帰ろうとしているところでした。あずさちゃんとその取り巻きがやって来ました。

「あら、ゆめちゃーん、とおーっても綺麗なあさがおねー」

「う、うん」

「わたしのあさがおと交換してあげよっか?」

 あずさちゃんのあさがおは水やりをおこたって枯れていました。
 あずさちゃんは無理矢理ゆめちゃんのあさがおを取ろうとしました。
 ゆめちゃんはなんとか抵抗しますが、多勢に無勢、鉢植えを奪われてしまいました。

「やめて! それはわたしの大切なあさがおなの! あんたなんかに絶対あげない!」

「そう。誰がこんな汚いあさがおなんかもらうもんですか!」と言ってあずさちゃんは、鉢植えを地面に叩きつけ、ゆめちゃんの大事なあさがおを踏みつけました。

 みんなゲラゲラ笑いながら帰っていきました。ゆめちゃんはわんわん泣きながら壊れた鉢植えに土とあさがおを戻し、それでもやはり大事に抱えてお家に帰りました。

 その日の夜、ゆうちゃんがやってきました。

「やあ、ゆめちゃん、また来ちゃった」とゆうちゃんが言っても。ゆめちゃんは頭の先まで布団をかぶって出てきません。

「ゆめちゃん、寝てるの?」

「今日は誰とも話したくない」と布団の中から声が聞こえました。

「どうしたの? なにかあったの?」

「なんでもない」

 その時ゆうちゃんは、部屋の隅に置いてあったボロボロにされたあさがおを見つけました。ゆうちゃんはそれだけですべて分かったのです。

「だれにやられたんだい?」

 ゆめちゃんは布団の中からひょこっと顔を出しゆうちゃんを見ました。ゆうちゃんはあさがおを指差しました。ゆめちゃんはまた布団をかぶって答えます。

「ゆうちゃんには関係ないでしょ?」

「いいや、関係あるね。理由は三つ。一つめ、きみはぼくの大切なともだち。二つめ、ぼくはともだちをいじめるやつが許せない。三つめ……、ぼくも、いじめられていたから気持ちがよくわかるんだ」

 それを聞いてゆめちゃんはゆっくり布団から顔を出しました。

「ゆうちゃん、いじめられてたの?」

「うん、そうなんだ。だからユーレイになっても、だれもぼくのことなんか怖がりもしないんだ」

「いやなこと思い出させちゃってごめんね」

「気にしないで。それより今いいこと思いついたんだ」

「なに?」

「ぼく決めたよ。ゆめちゃんをいじめた子を怖がらせてやるってね」

 それから二人は毎晩、「どうしたら人を怖がらせることができるのか」を研究しました。映画配信サービスにお父さんのIDでこっそりログインして、タブレット端末で子供が見ちゃいけないホラー映画を一緒に視聴しました。

「ゆめちゃん、ぼく、こういうの怖くて苦手だよ……」

「ゆうちゃんは本物のユーレイでしょ? これは作り物だもん、大丈夫だよ!」

 そうは言ってもいざお化けが出てくるシーンに差し掛かるとゆめちゃんも怖くなって、二人は身を寄せ合って映画を見ました。ゆめちゃんはトイレに行くのも怖くなってしまい、ゆうちゃんにトイレの所までついてきてもらうほどでした。

 お母さんのお化粧品をこっそりもってきて怖い顔にメイクしてみたりしました。シーツをかぶってみたり、ポーズの取り方や、声の出し方を練習しました。

「なんていうのかな、もうちょっと低い声出せない?」とゆめちゃんは言います。

「あうー」「もっと低く!」「あ゙ゔー」「うん、いいね!」

 合間にゆうちゃんが夏休みの宿題を手伝ってくれました。

 こっそり家を抜け出して、裏手にある空き地の原っぱで一緒に星を眺めた夜もありました。

「でね、ぼく、その先生の家に行って、見てたんだけど、なにしてたと思う? ずーっとユーチューブ見たりゲームしたりしてたんだ。ふだんは生徒に勉強しろ勉強しろって言うくせにさ。笑っちゃうよね。ユーレイになってみてはじめてわかったよ、大人はみんなえらそうにしているだけなんだって」

 ゆめちゃんはくすくすと笑って聞いていました。

「ゆめちゃんはどんな大人になりたい?」とゆうちゃんは尋ねました。

「う~ん、お花のような人!」

「お花のような人?」

「うん、ただそこにいるだけで、みんなの気持ちが明るくなるような、そんな人になりたいなあって。あさがおを育ててみてね、そう思ったんだ」

 ゆうちゃんの頭の中に壊れた鉢植えのことが浮かびました。

「ゆめちゃん、きみはもうそういう人だよ、ぼくにとってはね」

 ゆめちゃんはうれしさと恥ずかしさがいっしょになって、下を向いて照れていました。

 ゆうちゃんと過ごす時間がゆめちゃんは大好きでした。もっと一緒にいたいと思っていたのです。

「あっちに行ったら、わたしたちもう会えなくなるのかな?」とゆめちゃんは言いました。

「どうだろう……。分からないや」

「もしも、もしもだよ、ゆうちゃんがだれも怖がらせることが出来なかったら、どうなっちゃうの? ずっとこっちにいるの?」

「かもしれない。でも、それが良くないことなんだってのは、分かっているんだ」

「……ゆうちゃんを助けてあげたいけど、もう会えなくなるのはいや。せっかくおともだちになれたのに」

 ゆめちゃんは泣いてしまいました。

「大丈夫だよ」とゆうちゃんは言いました。

「いつどこでかは分からないけど、必ず、絶対にぼくらはまた会えるよ」

「本当? 約束だよ」

「うん、約束する。だからもう泣かないで」

「わかった」と答えるゆめちゃんに笑顔が戻ってきました。

 二人は原っぱに寝そべって星を見上げます。

「あ、流れ星!」とゆめちゃんは空を指さしました。

「ほんとうだ!」

 見るとゆめちゃんは、手を合わせ目をつむり熱心にお願いごとをしていました。

「なにをお願いしたの?」とゆうちゃんは聞きます。

「ないしょ」

 時おり涼しい風が草を揺らし、虫たちは盛大に合唱会を開いていました。
 その夜二人が約束を交わしたことを、頭上にきらめく満天の星だけが知ってくれているのでした。


つづく



・曲 スピッツ / 魔法のコトバ


SKYWAVE FMで毎週木曜日23時より放送中の番組「Dream Night」内で不定期連載中の「木曜日の恋人」というコーナーで、パーソナリティの東別府夢さんが朗読してくれたおはなしです。
上記は8月29日放送回の朗読原稿です。

先週からのつづきです。
来週の「その③」まで続きます。
最後までよろしくお願いします。

朗読動画も公開中です。よろしくお願いします。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?