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ショートストーリー劇場〜木曜日の恋人〜62 『ゆめちゃんとふしぎなおともだち その③』

その①

その②

 

 楽しかった夏もあっという間に過ぎ去り、八月の終わりにさしかかりました。

 そしてついに作戦決行の日がやってきたのです。

 町がすっかり眠りついた深夜、ふたりは窓からそっと抜け出し、あずさちゃんの家へ向かいました。とても大きなお屋敷です。

「どこがその子の部屋?」とゆうちゃんは聞きました。

「二階の一番左」とゆめちゃんが答えます。

「じゃあ、行ってくるよ」

 ゆうちゃんは鉄門をすり抜けて行きました。すると、庭で放し飼いされている番犬のドーベルマンがゆうちゃんに向かって吠えました。ドーベルマンにはゆうちゃんが見えていたのです。ゆうちゃんはあわてて戻ってきます。

「どうしよう、ぼく、犬は苦手なんだ、怖いよ」

「大丈夫だよ。見えてはいるけど噛めないんだから」

 ゆめちゃんはこういう時のためにと、ポケットの入れていたお菓子を取り出して庭へ放り投げました。犬はお菓子を追いかけて食べ始めました。

「いまのうちだよ、ゆうちゃん」

 ゆうちゃんはうなずいてお屋敷に向かって駆けていきます。

 待っている時間、それは永遠のようにゆめちゃんには感じられました。

 と、その時です。

 二階の一番左の部屋から「きゃーーーー」という悲鳴が聞こえてきたのです。
「ゆうちゃん……、やったね」とゆめちゃんは言いました。

 あずさちゃんはいま目の前にいる悪霊に心底怯えています。
 少しずつ悪霊が自分の方へ近づいてくるのです! 悪霊は言います。

「ゔあーーーー、ゆめちゃんをいじめるなああああ」

「いやーーーーー」

「わかったかあああ、またゆめちゃんをいじめてみろおおお、おまえを地獄につれてってやるからなああああ」

「わかりましたーーーーー、もう絶対ゆめちゃんをいじめませーーーーん」

 そう言うと悪霊はいなくなりました。


「いやあ、ゆめちゃんにも見せてあげたかったな。あの子が怖がっていたところ」とゆうちゃんは帰り道、笑いながら話しました。

 ゆめちゃんはただ微笑んで聞いていましたが、ほんとうはお別れの時間がもうすぐ来ることが寂しかったのです。

 そして、ちょうどあの夜いっしょに星を眺めた原っぱまで来た時でした。

 ゆうちゃんの後ろから大きな光がさしこんできたのです。
 それに気づきゆうちゃんは光の方を振り向きました。
 ゆめちゃんとゆうちゃんは、言うべき言葉を探そうと、ただ黙って向き合いました。

「そろそろ、行かなくちゃ」とゆうちゃんが言いました。

「うん」

「どうもありがとう、ゆめちゃん。みんなきみのおかげだよ。とっても楽しかった」

「どういたしまして」ゆめちゃんはなんとか泣くのをこらえてそう言いました。

 ゆうちゃんはくるりと背中をむけて光の方へ体を向けました。
 でも前には進んで行きません。どうしたのでしょう。ゆうちゃんは肩を震わせてわんわん泣いていたのです。

「ゆうちゃん……」とゆめちゃんは声をかけます。

 ゆうちゃんは振り向いて言いました。

「ゆめちゃん、ぼく……、ぼくね、生きている時に、ゆめちゃんと出会いたかったな……」

 それを聞いてゆめちゃんもとうとうこらえきれずに泣いてしまいました。

「そしたらさ、ぼくたち、さいこうのともだちになれたよね」

「なにいってるの、わたしたちはもうさいこうのともだちでしょ? わたし、流れ星にお願いしたんだから、ゆうちゃんといつまでもおともだちでいられますようにって」

 ゆうちゃんは涙を流しながらにっこり微笑みました。

「ゆめちゃん、きみはこれからどんどん大きくなっておねえさんになって、いつか大人になる。大人になればいまよりも楽しいことがいっぱいあるだろうし、つらいこともたくさんあると思う。でもこれだけは約束してほしい、どんなことがあったって、じぶんにうそをつかないこと。じぶんに負けちゃあだめだよ。もしそうなりそうな時は、すこしでもぼくのことを思い出してくれたらうれしいな」

 ゆめちゃんは何度も頷きました。

「じゃあ、ぼくは行くよ。またね!」

「またあそぼうね、ゆうちゃん」

 ゆうちゃんは光の中へ消えて行きました。やがて光も消えて、いつもどおりの夜が戻ってきました。


 夏休みが終わりました。
 二学期の始業式、ゆめちゃんが教室に入っていくとあずさちゃんが言いました。

「まあ、ゆめちゃん、今日もとってもかわいいわねえ。さ、さ、どうぞ~」

 あずさちゃんは椅子を引いてゆめちゃんを座らせてくれました。

「なにか必要なことがあったらなあんでも言ってね。わたしゆめちゃんのお役に立てることならなあんだってするんだから」

「……ありがとう」とゆめちゃんはそっけなく答えました。

 あずさちゃんがるんるんと去っていくと、ゆめちゃんは窓辺の席から外を眺め、誰にも気づかれないように、にっこり笑いました。

 空にはまだもこもことした夏の雲がありました。くっきりとした青い空を見上げ、ゆめちゃんは小さな声でこうつぶやきました。

「ありがとう、ゆうちゃん」

 それはゆめちゃんにとっていつまでも忘れることのできない、とっても素敵で、ちょっぴりふしぎな、一夏の思い出なのでした。 


おしまい



・曲 スピッツ / 正夢


SKYWAVE FMで毎週木曜日23時より放送中の番組「Dream Night」内で不定期連載中の「木曜日の恋人」というコーナーで、パーソナリティの東別府夢さんが朗読してくれたおはなしです。
上記は9月5日放送回の朗読原稿です。

三週に渡ってお届けしました『ゆめちゃんとふしぎなおともだち』お楽しみいただけましたか?
僕自身、書き終えてしまうのが寂しいほど、ゆめちゃんとゆうちゃんと過ごす時間がとても楽しいものでした。
みなさまにとってもそういうお話になってくれていたらとても嬉しいです。

朗読動画も公開中です。よろしくお願いします。


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