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ショートストーリー劇場〜木曜日の恋人〜57 『しあわせな家族の肖像』

 よく晴れた日曜の朝、福井家のダイニングテーブルで家長である史郎が新聞を読んでいる。

 妻の純子がトースト、ベーコン、スクランブルエッグ、そしてコーヒーを載せた盆をキッチンからテーブルに運び、二階にいる娘に呼びかける。

「絵里、朝ごはんよー」

「はーい」

 絵里が階段を降りてくる。両親に「おはよう」と挨拶をし、窓辺に行き外の天候をたしかめる。

「わー、いいお天気、気持ちいいね!」

「さあ、食べましょう。ほら、お父さんも、新聞はあとにして」

 史郎は「ああ」と言って新聞をたたむ。

「いただきます」と言って三人は朝食を食べ始める。

 朝食の途中で史郎はこんな提案をする。

「今日は天気もいいことだし、どこかドライブでも行こうか」

「うん、行きたい」と絵里が答える。

 と、そこへそれまで部屋の隅から三人を見ていた演出家の西村が立ち上がって言う。

「はい、はい、絵里ちゃんね、そこはもっと嬉しそうに言わないと」

「あ、はい、すみません」

「じゃ、えーと、お父さんの「ドライブでも行こうか」から、いきましょう、はい!」

「今日は天気もいいことだし、どこかドライブでも行こうか」

「うん! 行きたい!」

 西村は満足そうに頷く。しかしそのあとで誰も喋らない不自然な沈黙があった。福井家の三人はそれぞれ顔を見合わせて困惑した様子だ。西村が脚本をチェックして指示を出す。

「お母さん、「じゃあ、お弁当……」」

 純子は慌てて台詞を言う。

「あっ! じゃあ、お弁当作るわね!」

「やったー! ママ、玉子焼き入れてね!」

「はいはい」

「う~ん、花山公園にでも行こうか。あっ」

「お父さん、台詞飛ばしましたね」

「すみません」

「ええと、では絵里ちゃんの「玉子焼き入れてね」から、はい」

「やったー! ママ、玉子焼き入れてね!」

「はいはい」

「パパ、どこに連れて行ってくれるの? 大きくて綺麗な公園がいいな」

「う~ん、花山公園にでも行こうか」

「賛成! じゃあ準備しなくちゃ、ごちそうさま!」と絵里は食器をキッチンに下げる。

「はい! オッケーです。では三十分後に出発しますので準備をお願いします。お弁当はこちらで用意しますので」 

 この演出家、西村はハピネス・ライフ・プラニング社からやって来た男である。

 ハピネス・ライフ・プラニング社とはその名の通り、顧客にとって幸福な人生を計画してくれる会社である。しあわせになるためにどんなことをすればいいのか、どんなことを言えばいいのか、彼らがすべて決めてくれる。一番人気はハッピーデイコースで、一日のみのプランである。

 ウィーク、マンス、イヤーコースに比べ割り高ではあるがお試し感覚で依頼する人が多い。

 福井家もこの度、ハッピーデイコースを申し込んだ一家であった。

 同社のパンフレットの冒頭には次のようなことが書かれてある。

「人はなぜ人生に迷うのか? 私たちは今、有史以来もっとも豊かな社会に暮らしています。誰もが誰にでもなれる時代。しかしそれは誰もが迷える人になる時代でもあるのです。なぜなら、選択肢があまりにも多いから。でも、おまかせください。私たちはあなたの幸福のために成すべきことをプラニングいたします」


 福井家の三人と西村は花山公園にいた。

 史郎と絵里はフリスビーに興じている。絵里が明後日の方向へ投げたフリスビーを史郎は走って追いかける。そんな二人の姿を純子は木陰から微笑ましく見つめていた。

 純子に西村は声をかける。

「お母さん、そろそろ台詞を」

 純子は「はい」と言って、史郎と絵里に呼びかける。

「二人ともー、そろそろご飯にしましょー」

 ハピネス・ライフ・プランニングが用意した弁当を広げ、準備が整った時、絵里はあることに気がついた。

「あの、これ玉子焼き入ってないんですけど」

「え?」と西村は狼狽する。

「いや、別にいいんですけど、この後で「やっぱりママの玉子焼きはおいしいね!」って台詞があるじゃないですか? そこはどうしましょう」

 史郎が続ける。

「その台詞がないと、私と家内の馴れ初めのくだりに話が進んでいかないですからね」

 西村は慌てて脚本をめくる。

「そこからわたしと主人がどれだけ絵里に愛情を注いでいるかという話に行きますし……」と純子は心配そうに言う。西村は「ううん」と唸り、考え込む。純子がこんな提案をする。

「このお弁当、唐揚げが入っているので唐揚げにしたらどうでしょう? 絵里、唐揚げも好きよね?」

「うん」

「でも、それだと僕が君の玉子焼きを食べて結婚を決めたという話に繋がらないじゃないか」と史郎。斯様に脚本は破綻していき、書き直す時間もなく、結局三人はアドリブで話しをしながら弁当を食べた。

 その後はなんとか脚本通りに進行した。大型ショッピングモールに寄り買い物を楽しみ、絵里はマーガレット柄のすてきなワンピースを買ってもらった。夕食の食材を買いながら、「よーし、きょうは父さんが晩飯を作るぞー」と史郎は張り切り、純子も絵里もそれを喜んだ。


 食卓を囲み三人は、史郎がこしらえた、という体の、ハンバーグを食べている。

「どうだ、うまいか?」と史郎は絵里に尋ねる。

「うん」

 西村が会話の流れを止める。

「絵里ちゃん、そこはもっと元気よく、うん! おいしい!って」

 絵里は俯いて箸を置き、西村の言うことを無視する。

「やっぱりこんなの間違ってるよ」

 一同の視線が絵里に向く。

「しあわせって、誰かに決めてもらわなきゃいけないものなの?」

「絵里……」と純子は心配そうに声を掛ける。

「パパもママもおかしいよ、こんな知らない人にあれこれ指示されて、それで本当にしあわせ? わたしたちの言葉はどこにあるの? わたしたちの感情はどこにあるの? こんなの全部嘘じゃない! しあわせってさ、なんていうか、こう、自分たちで見つけるものでしょ? そうじゃない、違う?」

 感情が高まり、絵里の目からは涙がこぼれていた。

 史郎と純子は俯いて、今自分たちの娘が言った言葉について考えた。

 ぱち、ぱち、ぱち、と西村はゆっくり拍手を始める。

「いやあ、素晴らしい! 真に迫っていたよ!」

「ありがとうございます」と絵里は照れくさそう笑い、涙を拭きながら言った。

「わたし、最初に脚本を読んだ時からここの台詞にグッと来て、このくだりは一生懸命練習したんです」

 史郎と純子も微笑んで拍手をする。

 こうしてハッピーデイコースは終わりを迎えた。


「以上になります。本日はありがとうございました。今後とも、ハピネス・ライフ・プラニングをご愛顧ください」と西村は頭を下げた。福井家の三人も、「おかげさまでしあわせな一日を過ごすことが出来て、大変満足しています」と頭を下げて西村を見送った。彼ら三人の顔には、本当にしあわせに満ちた微笑が浮かんでいた。


 西村は福井家を出て、駅までの道を歩いている。

 なんとか無事今日の仕事を終えたことで、どっと疲れが湧いてきて、西村は肩を丸めて歩いていた。その後ろ姿に誰かが声を掛ける。

「はい、西村くん! もっとシャキッと歩こうか。君は今お客様を満足させた帰りなんだから、自分の仕事に誇りを持って、こう、もっと胸を張って!」

 声の指示にしたがい、西村はピンと背筋を伸ばし、快活に元気よく歩き始めた。



・曲 The Beatles / Ob-La-Di, Ob-La-Da


SKYWAVE FMで毎週木曜日23時より放送中の番組「Dream Night」内で不定期連載中の「木曜日の恋人」というコーナーで、パーソナリティの東別府夢さんが朗読してくれたおはなしです。
上記は8月1日放送回の朗読原稿です。

15年ほど前に短編映画用に書いた脚本をこの度ノベライズして朗読してもらいました。脚本を小説化するのってもっと簡単なものだと思ってました。舐めていてすみません。

朗読動画も公開中です。


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