夫人との対面
お腹でスクスク育った大きな子宮筋腫。
子宮全摘手術を受けるまでと、その後の日々の徒然を記録しています。
~第24話~
手術当日
手術当日、家族は1人だけ待機するように言われた。
感染症防止のため、1人より多くはダメ。
しかし、何か緊急で親族に確認を取らねばならない時のために1人は病院にいてくださいと。
手術時間は通常3時間くらい。私の場合は摘出する子宮が大きいため、それより少しかかるかも?と言われていた。
そして、その前後の処置等も含めると、全部で5~6時間、家族は待機していた。
家族は手術直後にいったん呼ばれて、摘出した子宮を見せてもらった。
私はその子宮を早く見たかったので、家族に写真撮っておくようにお願いしておいた。
手術のあと、病室に移ってから、まだ私の意識は何となくボワっとしてるし、とにかく痛いし、こんな状況から逃げ出したいし…で精一杯な時に
「ご家族見えましたよ~。」
と家族が連れてこられた。
入院前に私がずっと摘出したものを見たいと言っていたものだから、家族が開口一番に
「画像撮ってきたよ。見る?」
と。
その時の私はそれどころじゃないから、言葉も出せず、首を微かに振って否定することしかできなかった。
数日後やっと対面
その後、術後5日目くらいになってようやく、そういえば摘出したものはどんなものだったのかな?と考えることができた。
そしてLINEで、撮った画像を送ってもらった。
思っていたよりもずっと大きくて、そして真っ赤!
赤ちゃんの頭よりも大きい。
鶏の丸焼きくらいはありそうだ。
こんな大きなものがお腹に入っていたのか…
それを取り出すためには、それはこのくらい傷は大きくなるよなぁと納得できた。
そして、りんご飴か、カリカリ梅みたいに真っ赤。
こんなに赤いものなのかなぁ?と不思議に思う赤さだった。
そういえば手術前、子宮に呼び名を付けたのだった。
全く活用してなかったけれど…シュール夫人。
摘出したものを見たら、何というか…シュール夫人という感じではなかった。
もっとやんちゃな感じ。
妊娠中に、生まれる子の名前を考えておいたのに、生まれてみたらしっくりこない。
何かが違う…という感じに似てるかもしれない。
生まれたのが子供ならば他の名を考えねばならないが…
シュール夫人は、今さら他の名を考え直す必要性は感じない…もう取っちゃったし。
摘出した子宮に、ピトッと張り付いたヒモみたいなものがあった。
これはきっと一緒に摘出した卵管だろう。
卵巣は残したけれど、卵管は子宮と一緒に摘出したはずだ。
そして、子宮の下側の切断面、排水管ホースみたいな少し蛇腹風に見える部分が子宮頚部だろう。
そこで切って、膣側は袋状に縫ったのだなとわかった。
摘出したものはその後検査に出され、悪性の組織がないか調べてもらっている。
退院後の外来受診時にその結果を教えてもらえることになっている。
こんなに大きく、しかもここ1年間での成長は顕著だったため、悪性腫瘍が潜んでいる可能性もあり得るとのこと。
その場合、また治療が始まるのかもしれないが…
私としては、何となく自分の感覚だけではあるけれど、悪性ではないのではないかな~と思っている。
そして、そのように願ってもいる。
担当医から、退院前日の診察後に、
「膣の子宮側を縫ってあるから、そこがしっかりくっつくまでは性行為は厳禁だし、縫ったところがくっつかないと腸が出てきちゃうから気をつけてね。目安は3ヶ月くらい。またその頃に外来で確認するから、それまでは本当に気をつけて。」
と言われた。
「腸が出ないように気をつける」って、なかなかすごいセリフ。
そんなことを言われたのは人生初だ。
手術後感じている良かった点
手術後、手術のメリットをとても感じた点は、トイレの間隔がとても延びたこと。
手術前、特に直前の2週間くらいは、30~40分おきくらいにトイレに行っていた。
膀胱がかなり圧迫されていたのだろう。
30~40分おきにトイレに行くってかなり大変だった。
仕事で外回りする時も、常に、トイレ大丈夫かな?と気になって水分控えたりしていたし、それでもやはりトイレに行きたくなって、外出先で困ったこともあるし…。
それが手術後はなくなり、3時間は行かなくても済む。もともとはそうだったから、元に戻っただけのはずだけれど、素晴らしい能力を新たにゲットした気分だ。