ぷちえっち・ぶちえっち21 奇跡の電話
この連載はちょっと笑えるちょっとエッチなエッセイです。今回は「ぷちえっち」編。軽く笑えるお話です。
「おい、めちゃくちゃかわいい子が新しく入ったぞ」。
同級生の柿沼くんが興奮した面持ちで言った。
僕は大学2年生、「サッカー&テニス」を掲げる軟派なサークルに所属していた。男子はサッカーが好きで集まってくるのだが、サッカーだけだと女子が入ってこない。そこで女子受けのいいテニスも付け加えた、という定見のないサークルであった。
毎年春は、大学のキャンパスに女子大を中心とした他大学の新入生が多数やってくる。我々は思い思いにテントを張って場所を確保し、できるだけかわいい子に声をかける勧誘合戦を繰り広げるのである。そこでわがサークルに入部したのが、都内の4年制大学に通う新入生の理恵ちゃんだった。
目が大きくくるっとしていて、とても魅力的だった。後で聞いたが、あだ名は「ホルスタイン理恵」。おっぱいがとても大きく、トランジスタグラマーな体型であった。ころころかわる生き生きとした表情が理恵ちゃんを一層魅力的にしていた。
勧誘合戦が終わった4月の末、高田馬場の居酒屋で「新入生歓迎コンパ」が行われた。男子は40人、女子は100人近くが集まった。20歳未満の子もいたが、当時は大学生になればお酒はOK、という風潮で、皆が飲んで騒いで盛り上がった。100人の中でも、理恵ちゃんは特別目立っていた。
僕がたまたま一人になって飲んでいると、理恵ちゃんがやってきて僕の前に座った。僕たちはお互いを紹介しあい、他愛ない話をした。僕の大したことのない話にも、理恵ちゃんは目を輝かせて聞き入り、かわいい声でコロコロと笑う。僕はすっかり理恵ちゃんのことが気に入った。理恵ちゃんも僕のことが気に入ってくれたようだった。周りからはやっかみの目で見られたかもしれないが、僕たちはそんなことは全く気にせず、コンパが終わるまで二人で話し込んだ。
一週間後、僕と理恵ちゃんは、東京・荻窪のイタリアンレストランで食事をしていた。僕も楽しんだし、理恵ちゃんも楽しんだ。お互いの波長がとてもよくあうことが分かった。最高に楽しい時間を過ごし、気が付くともう午後11時を回っていた。理恵ちゃんは電車で4、50分かかるところに住んでいたので、
「もうそろそろ帰らないと電車がなくなっちゃうよ」。
と僕がいった。すると、理恵ちゃんが、
「あべさんの部屋に泊まっていい?」
と聞いてきた。僕の部屋は歩いて10分ほどのところにあったのだ。
別に断る理由はない。理恵ちゃんは僕の部屋に来た。パジャマがないので僕のスウェットを貸し、僕は布団を二組敷いた。お互い布団に入り、
「おやすみ」
といって電気を消した。
しばらくしてからである。理恵ちゃんが僕に話しかけてきた。
「もう寝てる?」
「いや、起きてるよ」。
「そっちにいっていい?」
理恵ちゃんが僕の布団に入ってきた。僕は理恵ちゃんを抱きしめた。
「初めてじゃなくてごめんね」。
そんなことわざわざ言わなくてもいいのに。そう思いつつ、そんな正直な理恵ちゃんが可愛い、と思った。
それから半年近く、僕たちの幸せな日々は続いた。しかし、今思うと本当に些細なことがきっかけで亀裂が出来てしまい、僕たちは別れた。別れた後も、僕はずっと理恵ちゃんのことが好きだった。でも、復縁を迫る勇気はなかった。
それから4年が過ぎた。僕は東京で就職し、理恵ちゃんは卒業して名古屋の実家に戻った。
そんなある日のことである。僕は友達と一杯飲んで部屋に帰った。時刻は午後10時頃だったと思う。すると、
「理恵ちゃんに電話しなきゃ」。
という強い欲求が急に僕をとらえたのだ。もう4年も音信不通なのに、なぜこの時電話しなきゃと思ったのか、僕にも合理的な説明はできない。とにかく、電話しなければ大変だ、とせかされるような気持になったのである。
僕は古い手帳をひっ繰り返し、理恵ちゃんの名古屋の実家の電話番号を探した。あった。震える手でダイヤルを回す。発信音が何回か鳴った後、
「はい、もしもし」
と電話に出た。理恵ちゃんのお母さんだった。
「あべと申しますが理恵さんはいらっしゃいますか」。
「ちょっとお待ちください」。
いた。少し間が空いた後、
「もしもし、あべさん。どうしたの」。
忘れもしない理恵ちゃんの声が聞こえてきた。
「いや、急に理恵ちゃんに電話しなきゃ、と思って」。
「そうなの……。実は私、明日結婚式なの」。
そうだったのか。これが虫の知らせというやつだろうか。理恵ちゃんは結婚しちゃうんだ。
「相手はどんな人なの」。
「熊みたいな人」。
電話越しに懐かしい理恵ちゃんの笑い声が聞こえた。
「幸せになってね」。
僕が言うと、理恵ちゃんは、
「ありがとう」。
と答えた。
その後少し話をした後で、理恵ちゃんは最後に言った。
「あべさん、もっと早く電話をくれればよかったのに。ずっと待ってたのよ」。
その言葉だけで満足だった。僕も出会ってからずっと、理恵ちゃんと結婚したいと思ってたんだよ。でもそれを言うのはもう手遅れだった。ただ一言、
「ありがとう」。
と言って電話を切った。僕は泣いていた。