燕

ぷちえっち・ぶちえっち2

エロ日本人になった日 

もう30年も前。24歳の時、仕事で初めてニューヨークに行った。
 飛行機の窓から見るアメリカは壮大だった。どんだけ広いんだい、と思えるように延々と続く畑、かと思えば砂漠、そして大山脈、ニューヨークの摩天楼――。
 「こりゃ戦争しても勝てないわ」。
 アメリカの懐の広さに目を奪われっぱなしだった。
 僕はアメリカにいって、仕事以外にどうしてもやりたいことがあった。それは、
「エッチな本を買うこと」
 である。
 アダルトビデオがようやく普及し始めのころで、いわゆるエロ本が王道のH系の媒体だった。日本のやつは、当然のことながら女性の肝心の所は見えない。だいたい黒塗りの墨で隠されていた。中学生の頃から何度もお世話になってはいたものの、一番みたいところが見えない、というのはまさにかゆいところに手が届かない思いであった。
 「バターでこすると消えるらしい」。
 中学の頃教室でこんなうわさが出回ったことがある。
「あのにっくき黒い墨がバターで消えるのかっ!」
 喜び勇んで早速友達の家へ行き、悪友3人で冷蔵庫から盗んだバターでごしごしこすってみたものの、べたべたになるだけで一向に消えない。べたべた、ぬりぬり、べたべた、ぬりぬり、ということを30分近く繰り返し、3人は放心状態で天を見上げたものである。
 アメリカは違う。
 オープンである。フリーである。全然OKである。
 仕事が一段落したある日の夕方、僕はニューヨークの街でいよいよ本を買うことにした。街をぶらぶらすること3、4分、なんとお目当ての本が置いてありそうな小さな本屋をあっという間に見つけたのだ。
 実際、店に入ってみると、プレイボーイやペントハウスなど比較的ソフトなものから、ややハードそうなものまで、30~40種類が並んでいる。なかなかの品ぞろえだ。
 あまり吟味するのも恥ずかしいので、僕は表紙をささっと見ながら、友人への土産も含めて8冊ほどを選んだ。
「ついに念願のアメリカ本ゲットだぜ!」
 うきうきでレジに持って行くと、インド系らしき顔をした40代後半のおやじが立っていた。
 おやじに本を渡すと、本をじろりと見て、次に僕の顔をじろりと見て、
「おまえにはこの本は売れない(ここからは英語のやりとりです)」。
というのだ。
 「なぜだ!」
 僕は意外な展開に息せき切って聞いた。
 するとおやじがこういった。

「この本は未成年には売れない」。
日本人は童顔に見える、とよく言うが、僕は日本人の中でもとちらかというと童顔であった。当時は24歳だったが、未成年に見えたらしい。
「ノーノー、俺は24歳だ」というと、おやじが
「うそをつくんじゃない」とにやにやしながら言う。
「これを見ろ」。
僕は胸を張ってパスポートをおやじの目の前に突きつけた。 
おやじは僕のパスポートをまじまじと見つめて、僕の顔と見比べた。
その瞬間である。
「おーい、みんな来てみろ。こいつ24歳だってよ。びっくりだぜ」。
おやじがエロ本とパスポートを振り回しながら大声で叫んだのだ。
どれどれ。
本屋の店員だけではなく、となりの店の店員までわらわらと集まってきた。黒人、白人、男、女、若いの、年寄り――。
7、8人が僕とおやじを取り囲む格好になった。
「へーっ、こいつがねえ」。
「こりゃ驚いた」。
 口々に話をしながら、僕の顔をじろじろと見る。若い黒人女性は顔を寄せてしたからのぞき込んだ。
ただ若く見られただけならいい。おやじがぶんぶんエロ本を振り回しているのである。エロ日本人というのがみえみえではないか。世界に向かって
「こいつはエロエロ日本人」と叫ばれているような状態である。
 恥ずかしくて恥ずかしくて消え入りそうであった。日本男児の風上にも置けぬ。
 日本国民の皆様、本当にすみませんでした。


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