ーーこれにして正解だったな。 〝世界の名画シリーズ〟と名前のついた今年の手帳の表紙を眺めながら自分の選択に間違いなかったことを茜は確認した。 ピエール・ボナール「ミモザのある階段」の鮮やかな黄色がさっきトイレで偶然聞いてしまった後輩たちの会話でザラついた心を癒やしてくれる。 国立大学の商学部を卒業後、茜はずっと大手企業の社長や重役の秘書という仕事をして来た。そして今は、2年前ほどから在京テレビ局の取締役の秘書をしている。 都内の有名な進学校を出て、自力で大学受験に成功
ーーいったいどういう気持ちでこの絵を描いたのか? いずみはポール・ゴーギャンの絵の前で立ち止まり、かれこれ10分ほど作品を凝視していた。 タイトルは「花束」。1897年の静物画で、背の低い籠なのか、花瓶なのか、焦げ茶色の入れ物から鮮やかな花があふれている。手前に描かれた赤い花が印象的で、画面左下には洋ナシのような果実が4つ転がっていた。 絵画の横にある説明書きをもう一度見る。ゴーギャンは、愛娘を亡くし、病気に苦しんで自殺を図ったが失敗・・・その直後にこの絵を描いたという。