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放牧

フランスの粗放的放牧とその生活:

私がフランスでの酪農チーズ研修の時に見てきた放牧。それはあまりにも粗放的。山に放つ。放牧時期だけ、カウベルがついていて、その居場所を知らせてくれる。柵の中に入れる場合とそうでない場合もある。つまり野に放たれている。朝になるとおっぱいが張っていて搾ってほしいのか、カランカラン、とカウベルを鳴らしながら牛の方からやってくる。でもおっぱいが張らない時期になってくると、朝、牛を探しに出かけるところから始まる。標高2000mの山の中を探しに行くときもある。しかも山の傾斜がきつい所では、牛追いするときに走ってはいけない。牛が勢いで山を下り、そのまま谷に転げ落ちることさえあるからだ。

つまり牛が牛舎に来るのではなく、放牧地をいくつか時期によって転々と移動して、そこに搾乳する機械をキッチンカーみたいに移動して、人間が牛のいるところまで、朝晩と搾乳しに行く。春から秋までは、雨の日も、風の日も。移動するのは搾乳する機械だけでなく、水源が近くないときには、水をホースで、引っ張り水桶で牛が飲めるようにする。そのホースで水を引っ張るのも、ポンプではなくサイフォンの原理で、一度、水が通れば流れ続ける。でもたまにエアーが入ったりした時には水が出なくなる。そうすると、ひたすら口で水を吸い続ける。結構、長い時間、しかも年に数回、大変な作業だった。

初夏になると、雄牛もその群の中に入れて、交配、種付けを自然交配でされる。雄牛を秋には回収するのだが、その時は大イベント。角のある雄牛はまさに野生そのもの。酪農家さんも危険と隣り合わせで、その作業をしている。いつもと違う目つきで、下手な動きをすると本気で怒られた。

夏になるといよいよ牧草刈りの季節。これまたイベント。村人総出で、平地から山の上まで草刈りに出かけて、それをトラックやトラクターのけん引荷台に積み込む。芋さしと日本語では言うらしいが、フォークという道具で、数キロある30*40*60cmの草の長四角い草の塊を、自分の頭よりもはるかに高いところまで、持ち上げる。それを器用に向きを変えたりしながら、荷台に積み込む。それを失敗すると山から下りてくる最中に、8段積みに積まれた長四角い草が荷台から崩れ落ちる。悲劇でしかない。

草を刈ると、ふわっと、ハーブのような香りがすることさえある。これはフランスのチーズは美味しいはずだよね、と痛感した。

冬の間は、家の1階部分が牛舎になっていて、そこに牛がいることで、お家全体も温まる。これも昔からの知恵ですね。

夏と冬で違う場所に住んでいる人もいる。夏には標高の高い所に上って生活する。お風呂に入ったり、買い物するのに、週に数回町に下りてくる。

そんな生活をしている酪農家さん。地域の有名なブランドチーズを支えているのは、こんな人々の生活。

春にはタンポポの若葉を採取してサラダにしたり、夏の夕立の中、牛の糞を探してその上をたいてい這いずり回ってるエスカルゴを採取。大抵そのあとには温められた湿り気のあるアスファルトの上に蛇がいて、それを蒸留酒につけて飲む。秋には冬用の保存食として、ヤギを数頭さばいて、生ソーセージ、パンチェッタ(肉の塩漬け)などをつくる。その鯖いた日だけ食べらるごちそうが、ヤギの脳みそのボイル。トロトロの白い肝みたいで絶品。

放牧乳でのチーズの魅力:

放牧するとまずミルクが、5月の中旬頃のある時期からまっ黄色くなる。黄色みが強いのはほんの1から2ヶ月くらい。その後も黄色いが、特に黄色みが強いのは、放牧開始直後だけ。牛は放牧地を転々とするから、その時々で乳質が変わる。濃くなったり薄くなったり。それに合わせてチーズ職人はその日の乳に合わせて若干の製造の調整をする。フランスではpH計などの計測器はほとんど使わない。温度計と時計くらい。あとはすべて感覚と勘。

出来上がるチーズも、放牧開始してから熟成期間を経てから、店頭には並ぶ。だから、フランス人は放牧のチーズといっても、いつの季節が美味しいチーズが出回るかを知っている。6月のスプリングフラッシュ(牧草地に若葉、花が咲き乱れる時期)のミルクのチーズが、ラクレットなら3か月熟成した9月頃、コンテやグリュイエールなどは12から翌年の3月頃。

口に入れた時、口の中に含んだ時、口からのどに通ったときに鼻に抜けるかおり。色んな風味、香りが口いっぱいに広がる。そんなチーズの味わいを特に感じさせてくれるのが、放牧したミルクで作ったチーズに、特に感じることができる。春のミルクには若葉の香り、夏のミルクには爽やかな中にもたんぱく質が熟成したうま味。秋のミルクにはワラやナッツのような香り。冬のミルクには濃厚なねっとりとしたクリミーさ。それぞれの季節で、魅力ある味わいを表情を変えて見せてくれるのが、放牧のミルクで作ったチーズである。


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