悪役令嬢はシングルマザーになりました (17) 晩餐会
女王主催の晩餐会はさすが煌びやかなものであった。
金色の燭台や色とりどりの生花が並ぶ華やかな室内には、ピカピカに磨き上げられた食器やグラスがテーブルに所狭しと並べられている。
エステルは茶色のカツラを被り、念入りに泣きぼくろを隠して見た目の印象を変えるように化粧を工夫したが、どうしても不安が拭えない。
フレデリックが余裕綽々なのがまた腹立たしい。
フレデリックとエステルが会場に入った時には既に他の面々が待ち構えていた。
晩餐会には三大公爵家の当主がそれぞれ伴侶と子女を連れて出席している。
決して好意的ではない、というよりゴミを見るような目で自分を見る彼らの視線を受けて
(ま、それも当然よね。貴族なんてそんなもんよ)
とエステルは悠然と会釈をした。
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フレデリックが年上で子持ちの平民女性と婚約したという噂は驚くべきスピードで社交界を駆け巡った。
一体どんな娘なのか?
フレデリックに憧れる令嬢は羨望と嫉妬に狂い、有力貴族たちは政略結婚の格好のターゲットを奪われたことに苛立たしさを感じていた。
当然ながらエステルは夕食会の場で好奇と蔑みの目に晒された。
しかし、エステルの美しさや凛とした佇まい、完璧な作法に周囲は驚きを隠せない。
透き通るような真っ白な肌に大きな緑色の瞳。形の良い鼻梁、少し厚めの官能的な唇に男性の目は釘付けになり、女性は嫉妬の眼差しを向ける。
彼女の隣に立つフレデリックの立ち姿も美しい。しなやかで細身に見えるが鍛え抜かれた体躯は安定感があり、完璧なまでの端整な顔貌にその場にいた女性はため息を漏らした。
文句のつけようのない見目麗しい一対である。
フレデリックはエステルからまったく目を離さない。いや、離せない、というように熱い視線を向けてくる。
その場にいた令嬢方は嫉妬と敵意のこもった眼差しでエステルを睨みつけた。
エステルは穏やかな前世とは真逆の波乱万丈の人生に諦めの境地に達した。
どんな敵意も蔑視も全く気にならない。今一番気になるのは、彼女の腰にガッチリと手をまわしたフレデリックが蕩けそうに甘い視線を彼女に送ってくることだ。
晩餐会の出席者はフレデリックの表情を見て怪奇現象を目撃したような顔をしている。自分が目にしているものが信じられないというような表情だ。
エステルたちは出席者に挨拶をして回る。
いよいよ次はリオンヌ公爵家の番だ。エステルの緊張は高まった。
しかし、彼女の両親と兄パスカルはフレデリックには挨拶をしたものの、エステルの方にはチラとも視線を送らず完全無視を貫いた。
茶色いカツラを被り泣きぼくろを消してはいるものの、実の娘も判別できない両親にエステルは内心呆れかえった。
弟のダニエルだけは驚いたようにエステルの顔を見つめたが何も言わず、可愛らしい婚約者と一緒になって丁寧に挨拶をした。
晩餐会は緊張感が漂い、和やかとはとても言えない雰囲気であった。
*****
そして先触れの後、いよいよ女王が登場すると全員が拝謁のために立ち上がり膝を折った。
女王が席についたことを確認した後、それぞれがテーブルに着席する。
女王が一同の顔を見回した時に、一瞬エステルのところで視線が止まった。ほんのわずかの時間ですぐに彼女の視線は離れたが、エステルの心臓はバクバクと波打っていた。
(女王陛下は気がついた・・・?)
フレデリックは『大丈夫だよ』とでもいうように優しく微笑んで、テーブルの下の手をぎゅっと握りしめた。ちなみに彼はずっと彼女の手を放そうとしない。
幸い女王はエステルについて言及することなく、一同を見回してニコリと微笑んで歓迎の辞を述べただけだった。
食事が始まると、エステルの実父である公爵はパスカルを王太子の座につけようと必死でアピールする。
「なにしろリオンヌ公爵家には貴重な男子が二人もおりますからな。パスカルが王太子になったとしても、ダニエルが公爵家を継げるので問題ありません。それに比べてラファイエット公爵家は男子が一人のみ。フレデリックが王太子になったら後継者に困ることでしょう」
兄のパスカルも野心家なのでしきりに自分が王太子になった際の利点を並べ立てる。
ダニエルは口数も少なく控えめな態度を崩さないが、時折チラリと探るような視線をエステルに寄こした。
ミラボー公爵は面白くなさそうな顔で食事をしながら、横目でフレデリックのことを観察している。
「フレデリック。今日はマリオンが君に会うのを楽しみにしていたよ」
とミラボー公爵に声を掛けられてさすがにフレデリックも無視はできない。
「やぁ、マリオン。元気そうだね」
と言うとミラボー公爵の隣に座っていた美しく清楚な令嬢が嬉しそうに目を瞬かせた。
「は、はい!おかげさまで。フレデリック様もご健勝で何よりです!」
(清楚・・・っていいなぁ。私には無縁の言葉だわ)
妖艶とか色っぽいとかセクシーだとかは言われることがあるが、『清楚』とは一度も言われたことがないエステル。
簡単な挨拶だけ済ませるとフレデリックは再びエステルに熱視線を注ぐ。それを恨めしそうに見つめるマリオンの姿が目に入った。
(今日は恋人役として印象づけないといけない山場だから仕方ないけど、恋愛に耐性のない私にはつらい・・・・)
エステルは前世で結婚していたが、あくまで見合いで恋愛の経験はほとんどない。夫は真面目で穏やかな人柄で不満があったわけではないけれどロマンチックとは無縁だったし、情熱的な愛の言葉などかけられたことはなかった。
その時エステルの兄パスカルが揶揄するようにフレデリックに話しかけた。
「フレデリックは病弱でほとんど王宮に来たこともなかっただろう?公爵位を継いで体が辛いのではないか?ましてや王太子なんて難しいだろう?」
フレデリックは平然と何かを言い返そうとしたが、女王が口を挟んだ。
「フレデリック。何か問題があれば申し出よ。公爵領の経営は大丈夫なのか?なにか支援できることがあったら言うがいい」
女王は言い方が直接的だが、それは誤解を生まないように相手を気遣う気持ちの表れだとエステルは理解している。
「はい。エマは自分の店を持つ立派な経営者です。しかも、双子の女の子を育てながら繁盛する店を切り盛りしてきました。彼女はとても頼りになる自立した女性です。彼女と一緒なら力を合わせて公爵領を守っていけると確信しています」
朗らかに答えるフレデリック。
その時、ギリギリギリギリっという不穏な音が聞こえて顔を上げると、マリオンが壮絶な形相で歯ぎしりをしながらエステルを睨みつけていた。
(マジか!?あの清楚な公爵令嬢が般若に・・・)
エステルはパニックに陥った。
隣に座っている父親のミラボー公爵が慌てて彼女をたしなめる。
「いや・・・娘は少し体調が悪いようで」
が言い訳に過ぎないことをその場にいた全員が理解していた。
マリオンがフレデリックに向ける切ない顔つきを見ると、エステルは申し訳ない気持ちになる。
フレデリックは魅力的だ。
彼を好きになる気持ちは痛いほどわかる。
(でも、私も『ふり』だけの恋人だからね)
思わずそう言って共感したくなる気持ちを押し殺した。
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