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悪役令嬢はシングルマザーになりました (32) 求愛

フレデリックはココとミアの二人を軽々と両手で抱き上げて

「ココ、ミア、元気だったか?一日でも会えないと寂しいよ」

と尋ねている。

フレデリックが大好きな双子はきゃーきゃー歓声をあげながら彼の首にしがみついた。

(フレデリックはココとミアのお兄さんだし、仲が良いのは嬉しいことなんだけど・・)

フレデリックは双子を懐柔するのが上手い。ロランのことも如才なく説明したようだ。気がついたら、双子は自分たちの部屋に戻っていき、エステルはフレデリックと二人きりで残された。

「エステル・・・」

怖いくらいに真剣な表情のフレデリックにエステルは思わず一歩後ずさった。

「な、なんでしょう?」

「君は僕の想いを軽く見ている」

「え!?そ、そうかしら?」

フレデリックはエステルの頬に指を触れて、そのまま顎を上に向かせた。

今日もフレデリックは美しい。多少やつれたところも色気を醸していると言えよう。

エステルの心臓が壊れそうなほど波打った。

「他の男に余所見(よそみ)したらダメだと約束したろう?」

「よ、よ、よよよよそみって・・・・ロランのこと?」

「ああ。仲良さそうだったね?夕べはここに泊まったんだね?エステルを公然と侮辱した最低な相手なのに?記憶から消してしまいたいくらいの男じゃないの?」

フレデリックは口元に笑みを浮かべているが目は笑っていない。はっきり言って怖い。

「彼と何を話していたの?」

「・・・昔のことを謝罪してくれました。軍から脱走した後どうしていたのか、とか・・・」

「へぇ?」

と笑みを消したフレデリックの顔を見るのが怖くなり、わざと視線を外すと逃がすつもりはない、とばかりに顎にかけた指に力が入った。

「あ、あの、私はロランに心を許したわけではありません。もちろん、友人として懸念する気持ちはあります。でも、それだけです。・・誤解しないで下さい。フレデリックには誤解されたくないです」

「・・どういう意味?」

彼の声が心なしか明るくなった。

「女王陛下はロランを探していたし、謝罪する相手を拒絶するのは良くないと思いました。だから、保護しただけで何も後ろめたいことはありません。男女の疚しいことがあったかのように誤解されるのは嫌です」

「そっか・・・。僕には誤解されたくないの?」

『僕』というところにアクセントを置くフレデリック。

エステルは急に恥ずかしくなって目を伏せた。

「その・・フレデリックはとても大切な方です。だから、誤解されたくないと思いました」

彼女の説明にフレデリックは灰青色の瞳を輝かせた。

「僕は独占欲が強いんだ」

「それは・・なんとなく気づいていました」

「嫉妬もすごいよ」

「そうなんですか?」

「それでもいい?」

「多分・・・大丈夫です。こんな風に想って頂くのは初めてなので、お気持ちに応えられる恋愛能力があるのか不安はありますが・・・」

「本当に?」

「はい」

フレデリックが嬉しそうに目を細めた。

「これを言うと重すぎて引かれると思って言えなかったんだけど・・・」

そう言うとフレデリックは着ているジャケットの内ポケットから白いハンカチを取り出した。

金色の薔薇と赤い薔薇が絡み合う刺繍を見て

(あれ!?どこかで見たことある?)

見覚えのあるハンカチにエステルの記憶が目まぐるしく駆け巡った

「え・・え・・?そのハンカチは?」

「僕は五歳くらいの頃に父上に連れられて王宮に行った。その時に迷子になったところを君が助けてくれたんだ。君は覚えていないだろうけど・・」

いや、そのハンカチを見てエステルは思い出した。

妃教育のために王宮に通っていた頃、多くの迷子を助けたので全員を覚えているとは言えないけれど、このハンカチのことは覚えている。

険悪だったロランとの仲を改善したくて、彼の髪色と自分の髪色の薔薇を刺繍したハンカチを贈ったが、ロランに「そんなものいらない」とはねつけられて悲しい思いをしたことがあった。

プラチナブロンドの髪を切り揃えた可愛い男の子がハンカチを褒めてくれて、とても嬉しかった。だから、そのハンカチをプレゼントした記憶が甦ってくる。

「・・・覚えております。あの子がフレデリックだったのですね?」

エステルは驚きのあまり呆然と立ちつくした。

フレデリックは歓喜の表情を浮かべて彼女を抱きしめた。

「覚えていてくれたんだね!僕の初恋!でも、僕は幼くて君の名前を聞くこともできなかった。ただ、この泣きぼくろははっきりと覚えていたんだ」

愛おしそうに目元のほくろを唇でなぞる。

「・・・王宮で素顔を見るまで僕は君のほくろを知らなかった。僕は居酒屋でココとミアを育てながら頑張る君に恋をした。そして、君が初恋の人だったと分かって、確信した。これは運命だ。もう、絶対に手放せない。だから、僕のものになる覚悟をして欲しい」

「か、かかかくごって・・・?」

「エステル・・・僕は君と会えない時間もいつも君のことを考えてる。ちゃんと食べているか?楽しく過ごしているか?幸せだと感じているだろうか?離れていても、どこにいても君のことを想う。・・愛しているから」

切なそうに熱烈な愛の言葉を紡ぐフレデリックの端整な顔貌が熱を帯びてピンク色に染まる。

その色気にあてられてエステルは眩暈を感じた。

これが本当に十八歳なんだろうか?

いや、むしろ十八歳だからこその熱情なのだろうか?

「・・・もちろん、君は僕がいなくても寂しいなんてことは思わないのだろうけど」

自嘲するように呟くフレデリックにエステルは

「そ、そんなことない!」

と思わず声をあげた。彼が驚いたように目を瞠る。

「あ、あの、私はフレデリックと一緒にいると安心できます。いつも私とココとミアを温かく見守っていて下さるから。一番信頼できるし、私を一番理解して下さっていると感じます。それにとても魅力的な方だと思っています。その・・・それが恋愛感情かどうかは分からないのですが」

(なんかすごい失礼な言い方かしら・・・?上から目線みたいな?)

不安になるエステルにフレデリックは満面の笑顔を見せた。普段とは違う少年のような笑顔だった。

「うん。今はそれでいいよ。僕は長期戦を覚悟しているからね。ココとミアという宝物が君にとって一番なのは分かってる。せめて二番目に僕を入れてくれれば満足だよ」

「で・・でも、そんなんじゃ申し訳なくて・・・」

しどろもどろのエステルをフレデリックはそっと抱きしめた。

「いいんだ。君は僕にとって唯一の女性だ。ただ、他の男のことは視界に入れないで欲しい」

「えっと・・物理的にそれは不可能じゃないかと・・・」

オロオロと言うとフレデリックはぷっと噴き出した。

「真面目だな。他の男を好きにならないで欲しい。近づかないで欲しいっていうことだよ。物理的に視界に入ってしまうのは仕方がないものね」

「あ、えーと、そういうことなら大丈夫だと思います」

「それで僕たちは結婚するんだよね?ココとミアのためにもそれが最善だと思うんだ。僕たちは家族としてずっと一緒に暮らしていけるよ」

「えっと・・・あの・・・」

(同じ熱量で愛情を返すことができないかもしれないのに良いのだろうか・・・)

躊躇うエステルをフレデリックは腕の中に閉じ込めた。

「ただイエスと言ってくれ。君なしではもう生きられない」

切なそうな声に思わずエステルは彼の広い背中に手を回してしまった。一瞬ビクッと肩が動いて、フレデリックは思い切りエステルをかき抱いた。

(この腕の中は堪らなく心地いい。でも、こんな風に甘えてしまっていいのかな?)

「あの、今は王太女の話とか・・・色々なことが起こり過ぎて混乱しています。少し落ち着いて考える時間を頂けますか?私はフレデリックが好きです。他に気になる男性はいません。ただ、自分の気持ちの整理をつけたいんです」

「そうか・・・それなら。我慢する。ただ、僕はもともとそんなに我慢強くないんだ。君を口説くのは止めないよ。いいね?」

そう言って額に口づけを落とす。

(うーー、なんで年下なのにこんなに手練(てだ)れなんだろうか?くぅぅぅ)

エステルは頬を赤らめながら、コクリと頷いた。


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悪役令嬢はシングルマザーになりました (33) 嘆願書|千の波 (note.com)

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