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コックニーについて

ロンドンにSt. Mary-le-Bowという教会がある。

その教会にはBow Bellsと呼ばれる鐘があり、ロンドン市内でもその鐘の音が聞こえる範囲で生まれた者をコックニー(ロンドンっ子)と呼ぶ。よく言われる'one born within sound of Bow Bells'のことだ。

コックニーが話す独特の訛はロンドン訛と呼ばれるけれども、それはどちらかというと下町、庶民的な話し方とされる。

『マイフェアレディ』という古い映画をご存知だろうか?

典型的なシンデレラストーリーというか、後の『プリティウーマン』にも似た物語だけれども、主人公の貧しい花売りイライザが当初話していた訛がコックニーである。

言語学者ヘンリー・ヒギンズがコックニー訛を矯正して行儀作法を教え、イライザは淑女に生まれ変わる、というのがあらすじなんだけど、私は当初のイライザの英語を聞いても「結構分かりやすいコックニーだけどなぁ」と思っていた。発音の癖に慣れればそれなりに理解できる。

そう思うくらい私が実際に経験したコックニーは意味が分からなかった。

例えば

I’m going up the apples.

と言われたとして、意味が分かる人はどれくらいいるだろうか?

コックニーでは韻が重要な意味を持つ。

階段つまりstairsはpears(梨)と韻を踏む。apples and pears(リンゴと梨)はよく使われるフレーズなので、stairs = applesになるのだ。何故かpears(梨)は消える。

だからI’m going up the apples. = I’m going upstairs.(二階に行く)という意味になる。

え?意味分からない?

私も最初「はい?」と戸惑うばかりだった。

同様の言葉は沢山ある。

例えば、wife(妻)= trouble(トラブル)これはtrouble and strifeという表現があり、wifeとstrifeが韻を踏むから。決して妻がトラブルだから、という訳ではない。

他にもwig(カツラ) = syrup(シロップ)。Syrup of figs(イチジクのシロップ)から来ている。

現在ではコックニーを話すのはかなり年配の方ばかりで、若い人たちはもうほとんど使っていないと思う。

ただ英国でも訛は沢山あるんですよ、ということを言いたかったのです。


そういえば英国のスコットランド訛もかなり難易度高めだと思う。

以前オーストラリアにある刑務所の視察の通訳をしたことがある。日本から法務省の方が視察に来られたのだ。

通訳の仕事の前には何時間もかけて事前準備をする必要がある。馴染みのない分野ですぐに正しい訳語が出てくるなんてあり得ない。事前にリサーチをして単語リストを作り、直前まで単語をブツブツ呟いて必死に暗記するのがルーティーンなのである。

刑務所のことなんて何も分からなかったので必死に刑務所の勉強をした。警備の仕方、脱獄防止の工夫、刑務官の役割、服役者の人権配慮、法律的な手続き等々、知らないことばかりだった。

なかでも脱獄防止のためのセキュリティ強化に関する非常にテクニカルな資料を見つけて『ここまで勉強しなくてもいいんじゃないかな・・』と思いつつ『いや、もしかしたら』と前夜に熟読した冊子があった。

そして、いよいよ通訳本番の日。

刑務所を管轄する官僚とのミーティングが始まった。オーストラリア側の代表が話し出すと、あまりに強いスコットランド訛で私は動揺した。

どうしよう、理解できないかもしれない、と思った瞬間に彼の手元に夕べ読み込んだテクニカルな資料があることに気がついた。そして、彼はその手元の資料を見ながら喋っている。

『よし!彼の話は分かる!』と内心ガッツポーズした。大体の話の流れが分かれば、いくらアクセントが強くても予想が可能だ。おかげで無事に通訳を終えることが出来た。難しかったけど。

ミーティングの後、その場にいた数人のオーストラリア人から「あのスコットランド訛、よく理解できたわね!私は全然分からなかったわ~」と称賛された。まさか「奇跡的にヤマが当たったんです」なんて言えるはずもないので、曖昧に微笑みながら言葉を濁した。でも、あの冊子を読み込んでいなかったら絶対に理解できなかったと思う。ギリギリ助かった。

英語は国際共通語の認識だけど、バリエーションが多すぎて本当に難しい。

オーストラリアは皆さんが思うほど訛っていない、と昨日書いたけれど、それでもオーストラリア独特の表現はある。独特のイントネーションもある。

No problemではなくNo worriesと言ったり、Take outではなくTake awayと言ったり。それからオージーは言葉を短くするのが好きだ。Afternoonをarvo(アーヴォ)と言ったりする。

それでもオーストラリア英語だけが訛っている訳ではない。

世界中どこに行っても、バリエーション豊かな英語がそこにはある。


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