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悪役令嬢はシングルマザーになりました (42) 届かない手紙
「君の弟のダニエルと話がしてみたいんだが、どうやら邪魔されているらしい」
ある日フレデリックがエステルに言った。
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実はゲームの世界でダニエルとフレデリックは親友同士であった。
フレデリックは五歳の頃、父親に連れられて行った王宮で迷子になった。
迷子になって泣いている彼をたまたま見つけたエステルは、可愛いフレデリックを自分のおもちゃにして弄び、飽きたら人身売買の組織に売ればいいと、言葉巧みに彼を説得しリオンヌ公爵邸に連れ帰ったのだ。
しかし、ダニエルがそれに気づいて王宮に通報し、フレデリックは無事に保護された。
当時エステルはまだ十一歳でウソ泣きが得意であったため『あまりに可愛くてつい連れて帰ってしまったの。ごめんなさい~(泣)』という弁を疑う者はなく、結局お咎めなしで終わった事件だった。
機転を利かせてフレデリックを助けてくれたダニエルにラファイエット公爵は深く感謝し、その時からフレデリックとダニエルは友達になった。
後にエステルのせいでリオンヌ公爵家は爵位剥奪の危機に陥るが、ダニエルには罪がないと判断されたおかげで、なんとか彼がリオンヌ公爵家を継ぐことが許された。
その時に力になってくれたのがラファイエット公爵とフレデリックである。
ダニエルは彼らに心から感謝し、フレデリックとの友情も深まった。
本当は学校には行かせずにホーム・スクーリングを考えていたラファイエット公爵もダニエルという親友の存在があり、フレデリック自身も学校に通うことを希望したため、二人は同級生として一緒に魔法学院に入学した。
その後、二人は切磋琢磨しながら学院生活を送り優秀な成績で卒業することになる。
ダニエルとフレデリックには共通点もあった。
ダニエルは爛れた生活を送る母親と姉のせいで女嫌いになり、フレデリックはモテすぎて女性不信になっていた。更に幼い頃エステルに誘拐され、襲われかかったことも心に深い傷を残していた。
ダニエルには婚約者がいたが当然ながら上手くいくはずがない。
しかも、ダニエルは子供の頃に姉のクラスメートだったセシルと出会う機会があり、姉とは正反対のセシルに憧憬の念を抱いていたのだ。
『薔薇の名は』という乙女ゲームには一度攻略キャラと付き合っても別れもしくは死別に繋がる分岐があり、その場合、別な攻略キャラと恋愛ができるという設定があった。
フレデリックとダニエルは学院卒業後、前の恋人と別れたばかりのセシルと偶然出会い、共に彼女に恋をする。二人のイケメン年下男子、しかも親友同士がセシルを奪い合うという特別な『年下ルート』が存在したのだ。
しかし、それはあくまでもゲームの中の話。
この世界では・・・
エステルのおかげで女性不信にならずにすんだダニエルは幼い頃に決められた婚約者を溺愛中。
フレデリックは学校に行かずに引きこもっていたので、お互いに親しくなる接点は存在しなかった。
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「緊急連絡用の魔道具があるだろう?」
フレデリックの言葉にエステルが頷いた。紙飛行機のように飛んでいく手紙は彼女も使ったことがある。
宛先の場所と人物が分かっていれば、直接飛んでいく便利なグッズだが・・・
「便利で簡単に使えるんだが、周囲の人間が受け取れないように妨害することも出来るんだ。現に僕は君に送られてくるリオンヌ公爵からの紙飛行機を全部ブロックしているからね」
「まぁ、そうだったんですね?ありがとうございます」
「僕が近くにいない時は、家令や執事や・・・騎士団長に頼んだこともある。同じようにダニエルの周囲で邪魔する人間がいるんだ。彼への手紙が届いた様子がない。恐らくリオンヌ公爵邸の誰かなんだろうが」
「父か兄が邪魔しているのでしょうか?」
「だろうな・・・。リオンヌ公爵とパスカルが何か画策しているようだから、ダニエルと話が出来たらいいと思ったんだが」
「画策・・・?」
「ああ、最近ラファイエット公爵家の馬車が狙われる事件が多発している。幸い、君と双子はほとんど外出しないが、万が一出かける時は・・・気をつけて欲しい」
「まぁ、馬車が?!そうですか・・・。それでしたら私たちは外出しないようにします。どうかご安心下さい」
「すまないな。君たちのクリスマスプレゼントも買いに行きたいんだが・・・」
「もうそんな時期ですか?まだあと数か月ありますよ」
気の早いフレデリックにエステルが笑う。
「君にも新しいドレスを贈りたい。早すぎることはないよ。まぁ、デザイナーに屋敷まで来て貰えば済むことだが・・・」
フレデリックの顔が甘く緩んだ。
一度口づけをしてから毎日のようにフレデリックはキスを求めてくる。
「フレデリック・・・・っ!」
彼はエステルのおとがいに指をかけて、軽く唇をついばむように口づけると
「柔らかい・・・ダメだ・・・止まらない・・・」
そう言いながら何度も何度も味わうようにエステルの唇をはむ。
まだ舌を絡ませるような濃厚な口づけはしたことがないが、彼の唇の弾力や感触に腰が砕けそうになる。
彼の唇の柔らかいぬくもりを唇全体で感じて蕩けそうになった時に、突然下唇を甘噛みされて、ビクッと体が揺れた。
「可愛い・・・こんなに気持ちいいものがあるのか……いつまでも続けられる」
と呟きながら、フレデリックはエステルの背中に手を回して強く抱きしめた。
唇を離した後も、フレデリックは彼女の髪の毛を愛おしそうに撫でて濃密な愛の言葉を囁く。
「エステル。君のすべてが好きだ。愛している。その声もいい。僕の名前を呼んでくれる甘い声・・・。はにかんだ顔は悶え死ぬほど可愛いし、笑顔を見るだけでどうにかなってしまいそうになる。エステル、こっち向いて・・・?」
恥ずかしくてつい俯いてしまうエステルの耳元に熱い息を吹きかけるフレデリック。
(ああ・・もう、なんでこんなに熱烈な言葉が言えるのかしら・・・。でも、彼の気持ちが変わったりすることはない?六歳も年上だし・・・やっぱり若い子の方がいいなんて言われたら・・・耐えられない)
そんな風に考えること自体、エステルが既にフレデリックに夢中になっている証拠なのだが、まだそこまでの自覚はない。
フレデリックの力強い腕の中で、彼の愛情に溺れきれない自分がいた。