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悪役令嬢はシングルマザーになりました (14)  偽装婚約

「君は恋をしたことはないのかい?」

溢れ出た感情が落ち着き、取り乱してしまったことに恥ずかしさを覚えた頃、フレデリックはエステルにこう尋ねた。

「・・・多分、ないと思います。どのような感情なのか正直分かりません。私にとって一番大切な愛情は双子に向かっていますので」

「なるほど・・・」

フレデリックは腕組みをしながら考えこんだ。

「・・・この屋敷に滞在している間に君にお願いしたいことがあるんだ」

「私で出来ることなら何なりと」

エステルは真っ直ぐにフレデリックを見つめる。

彼の優しさにエステルは救われてきた。だから、自分ができることなら何でもしようと決意したのだ。



「僕の恋人のふりをしてくれないか?」



「・・・・・・・・・は?!」


驚愕するエステルの顔を見てフレデリックはクスクスと笑った。

「君はヴァリエール王国の王宮で今、何が起こっているか知っているかい?」

「いえ・・・隣国で庶民として生活していましたし、全く何も・・・」

仕事と育児に追われて、それ以外のことには関心を払ってこなかったと反省するエステル。

フレデリックは簡潔に現在の王宮の状況を話し始めた。

「・・・女王陛下は王太子ロランとその恋人の男爵令嬢を未来の国王と王妃に相応しくなるよう鍛えようとしたが、上手くいかなかったんだ」

「はぁ・・・大変だったでしょうね」

他人事ながらあの二人を鍛えるのは余程の忍耐力が必要だろうと女王に同情したくなる。

「女王陛下はロランに軍役を課した。辺境の地で一兵卒として働くように命じたんだ。彼は過酷な環境で厳しい役務に耐え、よく頑張っていたらしい。しかし、男爵令嬢のセシルは修道院で妃教育を受けていたが、厳しい生活にすぐに音を上げて逃げ出した」

それを聞いたエステルは呆気にとられた。

「は!?あんなに愛のためならどんな苦労でもするって言っていた彼女が?!」

フレデリックは苦笑しながら頷いた。

「ロランはそれを最近になって知ったんだ。それまではセシルと結ばれるために頑張っていたんだろうが・・・彼女が逃げたと聞いて我慢できなくなったんだろうな。軍から脱走していまだに行方不明だ」

「・・・・・」

エステルは絶句した。

「女王陛下は匙を投げた。ロランを廃太子にして、新しい王太子を探すことにしたらしい」

「でも、新しい王太子と言っても彼は女王陛下の一人息子で・・・」

「そうなんだ。それで王家の親戚の中から選ぼうって話になってね。君も知ってると思うけど、我が国では三大公爵家が一番王族との血のつながりが強い」

「確かに・・・」

過去に三大公爵家に王女が降嫁したことは何度もあったし、男子がいない公爵家に王子が養子に入って後を継ぐなんてこともあった。

「それで、リオンヌ公爵子息のパスカルとダニエル。そして、ラファイエット公爵の僕が候補に浮上したんだ」

エステルが目をパチクリとさせた。フレデリックだけでなく、自分の兄弟も王太子候補になっていることに驚いたのだ。

(こんな顔も可愛いな)

フレデリックは内心彼女の表情から目を離せない。

「でも、フレデリック様は既に公爵位を継いでいらっしゃるのに・・・?」

「そうなんだよ!でも父上の妾腹の子供たちが見つかったという噂を聞きつけて、女王陛下がね・・・」

『双子のどちらかが女公爵になるか、婿を取って後を継げば問題はないであろう?』

と宣ったらしい。

「ええ!?ココかミアのどちらかが公爵家を継ぐって・・・彼女たちが希望すればともかくそんな勝手に・・・」

と憤慨するエステル。

「そうだろう?王太子になるには、まず女王陛下の養子にならないといけない。つまり僕が選ばれたら公爵を辞する、ということだ。でも、僕はラファイエットの名前を捨てたくないし、父上の遺してくれた公爵領を守りたい。王太子にはなりたくないんだ」

「・・・なるほど」

「三大公爵家の一つ、ミラボー家には残念ながら男子がいない。娘が三人いるから誰かが婿を取る予定らしいが、王太子候補となるような男子はいないんだ」

結局、エステルの兄パスカル、弟ダニエル、そしてフレデリックの三人しか候補として残らなかった。

「ミラボー公爵は娘の一人を王太子と結婚させたいらしい。だが、候補のパスカルはもう結婚しているし、ダニエルにも婚約者がいる」

「なるほど、婚約者がいない王太子候補はフレデリック様だけなのですね?」

「そうなんだ。だから、ミラボー公爵は僕を娘の一人と結婚させようとしつこい。何度断ってもそりゃもうしつこいんだ」

フレデリックがうんざりした顔で溜息をついた。

「しかも女王陛下は夫婦としての力を信じていらっしゃる。未来の国王を選ぶにあたって、どんな女性を伴侶に選ぶかも大きなポイントになるらしい」

昔エステルにも似たようなことを力説していた女王を思い出して懐かしくなった。

「陛下から候補三人に、伴侶もしくは婚約者と一緒に王宮に来いという命令が下された。誰を王太子にするかを審査するそうだ。恋人もいない僕は困ってしまってね」

フレデリックが苦笑した。

「フレデリック様に恋人がいらっしゃらないのが不思議です」

「恥ずかしながら、僕の世界は狭い。良い出会いもなかったし、見合いはどうしてもする気になれなかった。だから女性と付き合った経験もないんだ」

(こんな素敵な人に恋人がいなかったなんて信じられないわ。学院に通っていたら超モテモテだったんだろうけど)

「エステル。それで君に婚約者、つまり僕の恋人として王宮に行って女王陛下に会ってもらいたい」

「・・・・え?え?えええええええええ!?どどど、どういうことですか?だだだって私なんて婚約者としてフレデリック様に釣り合いません!」

動揺を隠せないエステルにフレデリックはクスクスと笑った。

「ホント可愛いな」

「フレデリック様!そんな呑気なことを仰って。揶揄わないで下さいまし。大体、年齢だって・・・フレデリック様はお幾つですか?」

「十八歳です」

「じゅうはち?!?!?!私はもう二十四歳ですよ!!!六歳も年上で実家から勘当されて子供が二人もいる女なんて!」

「相手がいないと言うと陛下はここぞとばかりに山ほど見合い話を持って来るだろう。ミラボー公爵もますますしつこくなるに違いない。それは絶対に避けたい。だから、誰かに一緒に来てもらうことが必要なんだ。それに僕は王太子になりたくない」

その言葉でエステルは我に返った。

「・・・なるほど。逆に王太子の伴侶として相応しくない方がいいということですね」

エステルはようやく話が見えて納得した。

(王太子になりたくないのね。それなら私ほど適役はいないかもしれない。六歳年上の平民なんて、偏見のある貴族からしたら絶対に反対されそうなイメージだもんね。うんうん)

フレデリックは不安そうに言った。

「誤解しないで欲しい。君は誰よりも王妃として素晴らしい資質を持っている。僕は君の知性や能力を尊敬しているし、身分や年齢なんて関係ないと思う。ただ、貴族は偏見を持った人が多いから・・・」

「平民で、年上で、子持ちって王妃として相応しくないって絶対に思われますわね」

「・・・そんな風に言わないで欲しい。僕は君をとても自慢に思っているから」

「自慢って・・・」

照れるエステル。

「自慢の令嬢だよ」

「令嬢なんて・・・そんな年じゃないですし、手だってこんなガサガサでとても令嬢の手なんて言えません」

「この手は君が頑張ってきた証拠だ。愛しい以外の言葉が見つからないよ」

そう言って彼はエステルの手をそっと自分の頬に押しつけた。そんなことに慣れてないエステルはすぐに真っ赤になる。

「あわああああああ、えっと、えっと・・・あ、そうだ!でも、わたくしは、その、女王陛下と面識があります。もし、私がエステルだとバレてしまったら・・・」

フレデリックは『なんだそんなこと?』というように無造作に笑った。

「まぁ、バレたらバレたで。何か問題ある?」

「しっかりして下さいまし!私は王太子に婚約破棄されて実家を勘当されて国外追放された女ですよ!万が一、ラファイエット公爵家に悪い影響が及んだらどうするのですか!?」

「エステルに叱られるのは新鮮でいいな」

「女王陛下は私の顔をご存知です。それに兄と弟が来るんですよね?すぐに私ってバレますよ!・・・万が一家に連れ戻されでもしたら!?」

それを聞いてフレデリックが真顔になった。

「君をリオンヌ公爵家には渡さない。絶対に」

「・・・本当に?」

強い言葉で断言するフレデリックはとても頼もしい。

「ああ。君は僕が守る。ココとミアとずっと一緒に居られるように約束するよ。そのためにも僕の婚約者という立場は有利じゃないかな?リオンヌ公爵が連れ戻そうとしても手が出せない」

「フレデリック様にそんなご迷惑をおかけするのは心苦しいですが・・・確かに形だけでも『婚約者』という立場があると違うかもしれません。あの人たちは利があれば私を連れ戻して、政略結婚の駒として私をどこかに嫁にやったりしかねないので・・・」

「そうだろう?君にとっても悪い話じゃない。思いっ切り二人でイチャイチャするところを見せつけようよ」

「い、いいいいちゃいちゃ・・・?恋人の『ふり』って仰いましたよね?!」

逆上して顔を真っ赤にしたエステルも可愛い、などと考えているフレデリック。

「うん。恋人として宜しくね!」

明るくウィンクするフレデリックの顔を見て、心配性のエステルはますます不安を募らせるのであった。


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悪役令嬢はシングルマザーになりました (15) 恋人の練習|千の波 (note.com)

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