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エセ昔話ショート「はなみず」

男は年がら年中鼻水を啜っていた。彼は仕事の日毎にティッシュの箱を四個携えて家を出た。

そんな彼がある日、猛烈な鼻水の流れを自覚した。毎日滝のように流れはする。それは当然なのだが、その日は異常としか言いようがなかった。どこから湧いて出てくるんだ?!  体中の水が抜けてしまうよ、と切羽詰まった眼で周りに助けを求めたが、大通りを歩く者は誰一人として立ち止まろうとしなかった。

「誰か!」
男は叫びながら口元を抑え、何かを吐き出す人のように苦しげに蹲って泣き出した。涙も異常なまでに出た。わかった、わかった、もう悲しく無いから涙よ止まれ。
男の視界は白くぼやけていった。随分と水っぽい透明な鼻水は吹き出し続けていた。
ちょうど近くに、石造りの橋があった。ふらついて助けを求め続けた男は、不運にもその橋から落ちてしまった。

・・・・男の住んでいた町からさらに北に別の町がある。あの橋の架かっている河が、そこを流れている。翌年の春、随分とその河の水かさが増した。長い干ばつに悩んでいた土地の農民たちは、これを水の神様の恵みと喜んだ。

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