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不妊治療という名の修行
少し前に、少し時間をかけて、夫のお母さん(義理母)と妹(義理妹)に、不妊治療をしていることを話した。治療につながった背景やこれまでの過程、今自分たちが向き合っているもの…。いろいろとざっくばらんに、でも余計な心配や誤解を生まないように。
いつかのnoteでも書いているように、私は義理家族が大好きで、とんでもない信用を置いているし、特に義理母の人間性や人との向き合い方には学ぶことばかりなので、不妊治療の話をすること自体は全く何の躊躇もなかった。
でも、男性不妊が背景にあるが故に、話をするのは義理母に聞いてもらいたい気持ちが自分にあるからであって、この背景や過程を自分は100%納得しているし、状況を責める気持ちは一切ないということ、夫がすでに大変な手術を受けたからこそ今前に進めていることを、丁寧に伝えた。
結果、いろんな温かい言葉をかけてもらえるし、帰省のときに、今まで飲んでいたお酒を飲まないことや投薬の時間が必要で部屋に篭る時間があることを自然に受け入れてもらえて(もともと、そういうことを強いたりする人たちじゃないけど)、義実家でも過ごしやすくなったので感謝以外にないな、と思っている。
◇
一方で、実は義理妹も二人目の不妊治療を始めたところだったらしい。
一人目は無事に生まれたけれど、出産直前で緊急帝王切開になり、その時には見つからなかった子宮内の問題が、二人目の妊娠に悪影響を与えてしまっているとのこと。二人目の妊活を始めて、一度妊娠できたのだけど、途中で流産してしまったことを聞いた。
そして、その話を私たちにはなかなかできなかったこと、それは一人目を望んで治療している私たちに対して、一人目がいるのに二人目を望み治療しているのは、贅沢なことなんじゃないかと思ったから、というのを聞いた。
その話を聞いた時、純粋に「ああ、義理妹も辛い思いをしたんだな」と胸が痛くなった。そして、どうか私たちと比較して、自分の辛さを小さいものだと思ったり、自分の気持ちを贅沢だと思わないでほしいな、と思った。
確かに、義理妹の話を聞くまでは(いや正直今も、かな)、二人目の不妊治療や、三人目の不妊治療に関する記事や動画を私は避けていた(る)傾向にある。
そういう記事に対しては、「でも一人いるじゃない」という気持ちを持ったこともあるし、どうしても二人目の不妊治療の方が自分より可能性が高くて、同じ状況の人の記事を読んでいたとしても、先に妊娠・出産と進んで、置いていかれることが怖いと思ってしまうから。
でも、義理妹を目の当たりにして、
一人目であっても二人目であっても、
子どもを望み、頑張っているのは一緒だと思った。
「一人目は応援されるのに二人目は贅沢」なんて、そんな馬鹿なことはない。まして、子どもがお腹の中から流れていく悲しみは、誰のものとも比較すべきではない。
同じように辛い思い、しんどい思いをしている義理妹に気を使わせてしまったことや、私たちと比較して自分の辛さを贅沢なものと思わせてしまったことに、「ごめんね」という気持ちと、「いつでもお話ししようよ!」という気持ちになった。
でも、そんなことを言いつつ、もしどちらかが先に妊娠・出産への進めたら、その時は少し距離を感じたり、羨ましく思うことがあるかもしれない。
だから、近づきすぎず、離れすぎず、お互いの心地が良い距離で、同じ目標を持つ仲間として一緒に頑張ろう、と声をかけた。
そして、甥っ子という特別な存在を、私たちの子どもがいるいないに関わらず、一緒に見守らせて欲しい、とお願いした。
◇
きっと私が知らないだけで、周りには不妊治療をしている人が他にもいるんだろうと思う。そのことについて話す・話さないは個人の自由だし、自分が話しているからといって、話したくない・聞きたくないの人がいることを忘れてはいけない。
でも、同じ状況にいるのであれば、話したいときに話し相手になれるように、何か聞いてもいいなと思うときに私の話ができるように、オープンな人間でいれるといいなと思った。
そして不妊治療に関わらず、
上手くいっている人がいるなかで自分はうまくいかないという状況や、
夢を目指したり、手に入りにくいものを諦めずに望む状況、
新しい道に進むことを覚悟しなければいけない状況は、
修行だと思う。
ほんとに。
これは修行。
だから、心が折れたり、誰かを羨ましく思ったり妬んだり、自分でも見たくないような黒い感情を見なければいけなかったりするけれど、
今の自分が自分の完成系ではないし、
自分の修行の道は誰かと比較できるものではない。
まずは自分と向き合うことを大切に、
そして修行が終わったときに自分を誇れるよう、
みんな自分の修行に集中できるといいなと思ってる。
私自身も修行中の身なので、
できる限り目指す自分に近づけるよう
治療と合わせて自分を鍛錬していこうと思います。