「素敵なサプライズ」を観たのです
オランダが気になる。非常に気になる。
もちろん、最も好きなのはイギリスだし、スコットランドではあるものの
オランダがやけに気になる。KLMの丸い鼻先と水色の機体、それを飾る
王冠のロゴはかわいいし、背の高い人が多いのも、話すとき目線がちゃんと合いそうで安心しそうだし、イギリスへの乗り継ぎの時、空港で食べた
ベーコンとマッシュルームのソテーはおいしかったし、ミッフィーさんの
国だし。私の興味のあるものがたくさんありそうで、最近妙に気になる存在なのである。そして思い返してみれば、私の大学の卒論指導をしてくれたのもミドルネームに「ファン」の名を持つ、オランダ人だったのである。
何やら縁がありそうではないか、オランダ。
この映画「素敵なサプライズ」もオランダ産だったらしい。彼の地では
とても有名らしいコメディアンのイェルン・ファン・コーニンスブルッヘ
という男性が主演を務めている。言葉はまるっきり分からないが、古い
石造りの街並みとクラシックカーと白髭のじーちゃん、という私の好物が
たっぷりでてくるところも素晴らしい。
あ、後、さりげなくイギリス英語もちょいちょい登場する。
さて映画の内容である。幼少の頃のとある出来事をきっかけに喜怒哀楽の
感情を失った大富豪のヤーコブ。唯一残っている身内である母親の臨終に
立ち会ってもなお、感情は戻ってこない。しかし、母親がこの世を去った
事で、彼はもうここに留まる大義がなくなった。「晴れて」自分も人生を
終えることができる、と様々な方法を試みるも、ことごとく邪魔が入り
遂行できない。そんな折り、思い出のある崖のそばで排気ガスを車内に
引き込んで思いを遂げようとしたヤーコブは、怪しい黒服の男性に押されて崖に上ってきた車椅子の老人が、帰りには車椅子のみになっている場面を
目撃してしまう。
不審に思って男性が去った後の崖にのぼってみると、落ちている葬儀屋の
マッチを見つけた。それを頼りにその葬儀社に行ってみると、それは表向きの商売。実は、依頼を受けて確実に任務を遂行する="あの世行きを手助け
する"安楽死請負の代理店だったのである。
キラキラした目で「これこそが自分が求めていたものだ」と迷いなく
申し込むヤーコブ。方法は様々あれど、最もおススメな「サプライズ」
(方法もタイミングも事前に知らされない。選べない)を指名すると
ハッピーな気持ちで家路に着いた。
しかし、待てど暮らせどサプライズは実行されない。あの世にいけないまま
日にちだけが過ぎていく。そうこうしている内に、葬儀屋で棺を選んだ際に出会った同好の士(同じくあの世行きを希望)アンネと食事に行ったり
なんかして、何だか毎日が少し活気付いてきてしまう。
まあすったもんだあり、アンネとの胸キュンエピソードもあり、悪巧みの
弁護士もでてきて、彼がこの世を去りたい気持ちとは裏腹に、人生は色々なできごとに彩られ始めてしまうのである。最終的に、とあることが原因で(功を奏して?)ヤーコブは怒の感情を噴出させる。これまでなくなったと思っていた感情が、期せずして遂に表にでてきたわけである。
詳細は省くとしても、このヤーコブとアンネの関係が甘ったるい恋愛話に
移行するだけでしょどうせ、とか思っていると爽やかに裏切られる。
それよりはもう少し複雑なのである。2人には共通項もあるが、真逆の性質も持っていてそれぞれと接することで自分の中から新たな(もしくは本来持っていた)繊細な部分が少しずつ滲み出してくるのだ。
ヤーコブは、少し自閉症の気味もあり、周囲の人の気持ちを慮るのが下手だ。母親の死後、自分もこの世とおさらばだ、と考え始めると他のことには気が回らない。忠義をもって働いてくれている使用人に簡単に暇を出す。
それなのに、アンネと関わってくる内に周囲への関心も少しずつ取り戻して
くる。
この映画で徹頭徹尾すばらしいのは、執事長兼庭師のムラー(私の大好物の白髭じーちゃんでもあるし)だ。それまで最も近くでヤーコブを見守り、
子供の頃から近くで仕事をしてきた口数の少ないじーちゃん。
特にいい場面が2つある。
1つは、ヤーコブとアンネの心の距離が近づいてきた時に、ムラーの小屋に行って暖炉のそばでヤーコブとムラーでライスプディングを食べるところだ。ムラーの亡くなった奥さんとの出会いや心の通じ合いについて質問したヤーコブは、自身に起こり始めているアンネとのやり取りをムラーに
ぽそっと説明するのである。
そしてもう1つは、最後の場面だ。これは、薄暗い場面な上にオランダ語がわからないので字幕をよーーーーーく見ていないと見落とす。しかし、最も大切な場面だ。ムラーがこの世を去った時、何を最も自分の近くに置いて
おきたかったのかが明らかになる。これまでのヤーコブであったら、きっと気づけなかったはずだ。でもあるきっかけで外に出てきた怒りの感情に端を
発し、彼はその時すでに大切な「感情」を取り戻せていた。だから他人の(ムラーの)思いも感じ取ることができたのだろう。
安楽死という、ややタブーに思える題材をコメディーで映画にするだなんて
やるなぁ、オランダ。かといって死を礼賛するわけではもちろんなくて、
その逆だ。生きるってちょっとおバカで愛おしい、異性だとか同性だとかを超えて、人が人を想うって愛おしい、というじんわりとした気持ちになる。
そうそう、前述の通り、クラシックカーも随所に出てくる。車は、アンネという女性の性質を表す大切な道具でもある。彼女が初めてヤーコブの広大なお屋敷に行った時、乗ってみたいと選んだ美しい流線型の車が私は一番
好きだった。手元のパンフレットによると、ジャガーFタイプという高級
スポーツカーらしい。なんだやっぱり結局、イギリスから離れられていないではないか、わたくし。