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正しいものを正しくつくるには。Meet-Upイベント「健やかに生きるためのプロダクト開発」イベントレポート

「正しいこと」。一言で言ってもそれは人にそれぞれで、また時代とともに移ろっていく流動的な価値観だ。それでも正しさと向き合って、ビジネスを展開する時代が訪れつつある。

さまざまな社会課題が表出する中、ビジネスを通じてテクノロジーを用いながら課題を解決していくベンチャー企業が次々と生まれている。
中でも、我々の身体に直接関わる課題は、人体の神秘に埋もれていたが、近年のテクノロジーやセンシング技術の進化によってその解明が進み、新たなビジネスフィールドが拓けつつあるだろう。

もう当たり前のように30℃後半を記録した8月7日水曜日の夜。東京・田町にある株式会社ユーグレナのイベントスペースにて、Meet-Upイベント「『健やかに生きるためのプロダクト開発』- 正しいものを正しくつくる・介護&睡眠テックベンチャーが向き合う人間のリアル -」が開催された。

睡眠改善プログラムを手がける株式会社ニューロスペースと、排泄センシングで介護負担を軽減する株式会社aba。「排泄」や「睡眠」という人間の基本的な生理現象と向き合い、テクノロジーの力を活かしながら、人々が健やかに生きる世界を実現させようとする二社が考える『正しいものを正しくつくる』とは。

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進行を務めるのはベンチャーキャピタル・リアルテックファンドのエンビジョンマネージャー成田真弥さん。

「正しいプロダクトを正しくつくる正しいベンチャーを応援していきたい」リアルテックファンド代表・永田暁彦さんの力強い言葉でイベントはスタートした。
リアルテックファンドは、「地球と人類の課題解決に資する研究開発型の革新的テクノロジー」をリアルテックと定義し、今回のゲストであるニューロスペース、abaをはじめ、さまざまなベンチャー企業を支援している。

「正直、お金を儲けるだけなら、介護や睡眠のプロダクト以外にもたくさん選択肢はあると思うんです。それでも情熱に突き動かされて事業にコミットするような会社を僕たちは応援していきたい」と永田さんは語る。

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人と地球を健康にするというビジョンを掲げるユーグレナの代表も務める永田暁彦さん。

未経験者でも介護ができる商品を

「身重なので座らせていただきますね。イベント中に生まれることはないのでご安心ください笑」そんなaba代表・宇井の一言で会場が和んだ。

10代でおばあちゃんの介護に直面したが、初めての介護で何もできなかった宇井。それが原体験となって、スキルがなくても誰もが介護ができる社会をつくりたいと心に火が付き、千葉工業大学に入学する。大学在学中にabaを立ち上げ、ロボット技術の研究開発を通じて、介護現場への貢献を模索した。
「『おむつを開けずに、おむつの中が見たい』って、現場実習に行かせていただいた時にスタッフの方から聞いたんです。排泄ケアは介護の最も大きなエネルギーと時間を使うことだということも感じていて。排泄ケアの製品開発を始め、去年「Helppad」という製品をはじめてのプロダクトとしてリリースしました」

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Helppadは体に装着することなくベッドに敷くだけで、尿便両方の排泄を検知し通知。さらにデータを蓄積することで、個別に排泄パターンの予測を可能にする介護IoTプロダクトだ。
「ユーザーの気持ちを理解するために、起業してから3年は土日で介護現場で介護職をやっていたんです。そこで、介護現場では経験の浅い人がたくさん働いているということに気づきました」現場の課題を把握しながら支援を行っている企業はまだ多くはない。
3年以内に7割が離職しているのが介護業界の現状。そして、年間10万人が仕事を辞めて在宅介護者となっている事実は、スキルに関わらず介護ができるようになるサポートの必要性を物語っている。

睡眠の先にあるそれぞれの課題

続いてマイクを握るのは株式会社ニューロスペース・代表取締役社長・小林孝徳さん。
小林さんは受験生だった10代から睡眠障害で悩むようになり、社会人になるとさらに悪化。食事を楽しむように、もっと睡眠も一人ひとりにあったかたちで楽しみたいと「睡眠をデザインできる世界をつくる」をミッションに、2013年12月に会社を立ち上げた。
「日本人の約4000万人が何らかの睡眠障害を持っていると言われていますが、2013年当時はまだ睡眠ビジネスというビジネスを行っている会社は少なく、市場はほとんどなかったんです」

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今では睡眠の課題をテクノロジーで解決するスリープテックを主たる事業としているが、創業からは様々な業界向けの睡眠研修を繰り返し行ったと話す小林さん。そのアナログな活動が今のビジネスにも大きく活きているという。
「数え切れないほどのセミナーをやってきたのですが、どんな業界がどんな睡眠課題を抱えているかが徐々に見えてきました。もっといえば、睡眠課題を解決することで、何を解決したいかというところがわかり、次のステップが見えてきたということかもしれません」
今では会社も14人のチームとなり、睡眠を計測して、そのデータに基づいて眠気予想や入眠時間を算出し、その人にあったアドバイスを行うアプリを提供している。また、最近では大手企業とアライアンスを組み、マットレスに睡眠計測デバイスを組み込んだり、航空会社ANAと「乗ると元気になるヒコーキ」プロジェクトといった時差ボケ改善にも取り組んでいる。

正しさを追求する新しい手法

最後に登場するのはデジタルプロダクトの仮説検証、開発を手がけるギルドワークス株式会社の市谷聡啓さん。
今回のテーマである「正しいものを正しくつくる」をミッションに掲げて2014年に創業した会社だ。
市谷さんは「アジャイル開発」を提唱し、新しい事業やチームづくり、プロダクト開発のコンサルティングを行っている。
アジャイル開発とは、ごく短い開発期間を反復することで、開発のリスクを最小化するための手法。サービス手段の作り込みを漸次的・反復的におこなうことで、ユーザー検証や関係者の認識共通化を段階的におこなえるようにするものだ。
「何が正しいのかはすぐにはわからない状況の中で、仮説検証を繰り返しながら正しさを追求していくことが大切だとわたしたちは考えています」と市谷さんは語った。

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三者のイントロダクションを受けて、第二部では「正しいものを正しくつくる」をテーマにパネルディスカッションが行われた。

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──介護業界において、正しいものを正しくつくるをどう考えられていますか?
宇井 現場側も支援する側も正しい介護がどんなものなのかわからないんです。介護と一言で言っても、そこにはたくさんの要素が組み合わさっているので、すべてを分解して理解するのは難しいですね。
自分なりに「正しい介護」組み立てていくには、要介護者さんとのコミュニケーションが不可欠だと思います。ヒアリング能力がとても大切で、そこから仮説検証できる人が正しさに近づいていけるのではないでしょうか。

──睡眠も個人差が多いものだと思いますが、正しい睡眠はどう定義しているんですか?
小林 
徹底的に現場をヒアリングします。
スリープテックってすごい勢いでいろいろ立ち上がっていて、いろんな企業が波に乗るためにサービスを出しています。でも、現場の血が通っていないと役に立つものはできないでしょう。盛り上がっているからやるのではなく、社会課題があるからやるわけで。いつも答えは現場にあると思っています。

──曖昧な正しいものを定義するためには何が大切だと思いますか?
市谷 
一人ひとり違うものを定義するのは難しいですが、仮説を立ててそれを追いかけることで少しずつ近づいていくことはできるのではないでしょうか。シミュレーションをした上で、リサーチを行うことが大切だと考えています。

宇井 まず課題を正しく定義するということも大切だなと思います。「おむつを空けずに中が見たい」という声を介護の現場で聞きましたが、わかるようになったらどう変わるのかまではイメージできていなかったりします。実際に90年代から通知するプロダクトはあったのですが、対応に追われて、今度はオペレーションの課題が浮上しました。なので、私たちは排泄パターンをつかむことが大切だと仮説を立てました。

──排泄は食事との関連もありそうですが?
宇井 
排泄記録と投薬記録は違う人がやってるんです。人間関係がよくないと共有もされずで笑。そこはシステムにできることだと思うんです。なので、2つの情報が分断してつながっていないことが多いんです。なのでHelppadではそういった情報も集約していきたいと思っています。
排便はコントロールできないからこそ、ある程度パターン化したい。半コントロールを目指している。

──なるほど。排泄はコントロールが難しいと思いますが、睡眠は自分でどこまでコントロールできるものなのでしょうか?
小林 
ある程度はできるというのが現状の答えです。私たちは睡眠をデザインすることを目指しています。例えば、光を浴びるタイミングによって、体内時計の調整ができますし、食事のとり方で眠気の質をコントロールもできる。睡眠は技術なんですね。
どういう睡眠をとった時に、どういう未来が待っているかという世界観は伝えていきたいと思っています。

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──健やかな未来をつくるためにプロダクト開発を行っていると思いますが、社員のみなさんは健やかに働けているのでしょうか?(笑)
小林 
どうでしょうかね(笑)睡眠のベンチャーなんで、いい眠りがあるからこそいい日中があるということはみな承知しています。そして、いい日中があるからいい眠りがある。睡眠不足が続くと怒りっぽくなりますし、そういうことには気をつけています。

宇井 うちには夜型の人間がいまして。私は働き方の多様性が認められるべき今の社会で、昼間働くのが善とされているのはちょっと違和感を感じています。
でも、労働基準法と噛み合わないんですよね(笑)。本人の自由を尊重するほど、会社が損をするという...。

小林 それぞれライフスタイルも違うので、多様な働き方を推進していきたいですね。
うちの会社も5人くらいママさんがいるんですけど、保育園にもいきます。夜は家族の時間を過ごしているので、Slackも見てくれません(笑)。
料理や育児をすることで脳が豊かになるし、それが仕事に生きることもあるので、ちゃんと生活することでクリエイティビティを高めていきたいですね。

宇井 うちは企業理念に、「よく生きよく死ぬ未来づくり」というのを置いていて、それを実現するには子育てする時間をちゃんと確保することも大切だと思います。子どもが生まれてから、在宅介護のことをよりイメージできるようになりました。どう自分の体験を仕事に活かすかという視点を持てれば、会社にとってもプラスになりますね。

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──これからのプロダクト開発は越境型のチームがより増えていくと思いますが、役割分担が明確でないチームのあり方についてはどのように考えていますか?

小林 うちは13人のチームなので役割で分裂するようなことはないですが、プロジェクトに関わる人は現場に行くようにしています。共有できる体験を増やして、川上と川下をコンパクトにする工夫は大切に思います。

市谷 そうですね。この間、漁港での競りを円滑にするプロダクトをつくったのですが。
実際に競りに行ってみると寒いし、暗いし、みなさん手袋をしているんですね。
なので、あまり複雑な操作はできないというところから考え始めました。
現場の状況を一緒に体感することから始めるのは重要ですね。

宇井 私はプロダクトオーナーを一度スタッフに渡したことがあります。けれど、もう一度自分がやるようになりました。結局のところ、実体験をもとにした設計指針を持っている人がリーダーにならないといけない。チームのあり方が多様になったとしても、熱量を持っている人が中心にいることが大切ではないでしょうか。

疑い、そして信じる。その繰り返しが正しさを手繰り寄せる

社会課題を解決していくビジネスにおいて、正しさを定義することは難しい。それでもチームが歩んでいく方向性を指し示すためにも仮説から“現段階での正しさ”を定義していくことは求められるだろう。課題のある現場に足を運び体で感じ、自分たちの正しさを信じる。それでいて、常に自分たちを俯瞰して、正しいものを正しくつくれているかという問いをいつも持つ。両足で一歩ずつ歩いていくように、「信じる」と「疑う」を行ったり来たりしながら健やかに生きるためのプロダクト開発は続いていく。

<ゲストプロフィール>
小林 孝徳 / Takanori Kobayashi
株式会社ニューロスペース 代表取締役社長
新潟大学理学部素粒子物理学科卒業。自身の睡眠障害がきっかけで2013年株式会社ニューロスペースを創業。
健康経営を推進する大企業を始め60社に導入され、1万人以上のビジネスパーソンの睡眠改善をサポート。
また、睡眠の計測から解析まで一気通貫型で実現する大規模睡眠解析プラットフォーム事業を手がける研究開発事業がNEDO STSに採択。本プラットフォームを活用し、睡眠センサーを活用したベッドの開発、ANAホールディングスとの時差ボケ調整アプリの共同開発などを行っている。
HP:https://www.neurospace.jp/

宇井 吉美 / Yoshimi Wie
株式会社aba・代表取締役
2011年、千葉工業大学未来ロボティクス学科在学中に株式会社abaを設立。
中学時代に祖母がうつ病を発症し、介護者となった経験を元に「介護者側の負担を減らしたい」という思いから、介護者を支えるためのロボット開発の道に進む。
特別養護老人ホームにて、介護職による排泄介助の壮絶な現場を見たことをきっかけとして、においセンサーで排泄を検知する「排泄センサーHelppad(ヘルプパッド)」を製品化。おむつを開けなくても排泄したことを知らせてくれることで、介護者の負担軽減を目指している。
HP:https://www.aba-lab.info/

市谷 聡啓 / Toshihiro Ichitani
ギルドワークス株式会社・代表取締役
システム企画案やサービスのアイデアからのコンセプトメイキング(プロダクトオーナー支援)や、アジャイル開発の運営・マネジメントの経験が厚い。プログラマーからキャリアをスタート。SIerでのプロジェクトマネジメント、大規模インターネットサービスのプロデューサー、アジャイル開発のマネジメントを経て、ギルドワークス代表に。それぞれの局面から得られた実践知で、ソフトウェアの共創に辿り着くべく越境し続けている。主な著書に、「カイゼン・ジャーニー」、「正しいものを正しくつくる - プロダクトをつくるとはどういうことなのか、あるいはアジャイルのその先について-」。
HP: https://guildworks.jp/

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