妊娠と、罪の意識と、心からの声援と。
会社のメンバーも増え、体制も整い始め、少しずつ前に進み始めている中、本当はそういった明るく躍進のある話をさっさと書けばいいのだが、
その前に、起業家でありママという、本来相反する立場に日々置かれて思うことを、そしてその立場を支えてくれる人々のことを、書きたいと思う。
起業家であること、ママであること。
私には現在、2歳半になる息子がいる。28歳の時にできた子供だ。
当時、会社はまだ製品開発中で(うちの会社は開発フェーズが尋常でなく長かった)、まぁ子供はまだまだ先だよね、と内心思っていた。
そんな時、身ごもったことがわかった。
子供ができてとても喜んでいた旦那と違い、私の頭の中では「やってしまった」という気持ちがグルグルと渦を巻いていた。
無邪気に喜んでいる旦那の横で、地獄に落ちたような顔をしていたら、必要以上に彼を悲しませてしまったくらいだ。
でも、それくらい、私にとっては、もといabaにとっては、完全に「非常事態」であった。
理由はいくつかあった。
まず起業家である以上、24時間ずっと事業のことだけを考えていても、時間なんて全く足りないものである。ワークライフバランスってなんだっけ?というくらい、夢の中でも事業のことを考えている。そういう立場なのに、子供ができたら、単純に事業にかけられる時間が減ってしまうと思った。
起業家という立場でありながら妊娠”してしまう”なんて、はっきり言って「罪」だと思った。
もう一つは、昔読んだある記事で、「女性起業家が妊娠したら出資が止まる時代があった」という内容を目にしたこと。そしてそれはぶっちゃけ、今この現代でも起きていることを、友人の女性起業家などから聞いていたことだ。
まだまだ売り上げがちゃんと立っていないabaは、常時資金調達が必要な状態。それなのに、自分から資金調達しづらい状況を作ってしまった。
起業家として事業にコミットできなくなる点でも、資金調達の観点でも、私がしたことはただただ「罪」だと思っていた。
出産中も感じていた、罪の意識
そんな私に、当時から温かい言葉をかけてくれていた人たちは大勢いた。
「ママ起業家なんていいじゃない!これからの時代にぴったりよ!」
「女性のライフイベントとして起きて当然のこと。だからまずお腹の赤ちゃんのことを考えて。」
でもどれだけ温かい言葉をもらっても、私の中では「罪の意識」が消えることはなかった。
正直に言ってしまうと、私は息子を出産しているその瞬間も、「私は女性としては一つのライフイベントを乗り越えようとしているけど、起業家としては、この行動は正しいのだろうか?」と、そんなことをいきみながらずっと考えていた。
痛みと、お産に立ち会っている助産師さんや旦那の声援の傍らで、そんなことを産んでいる瞬間も考えているなんて、起業家としての罪だけでなく、そもそも母親としても罪だな、となると人間として最低最悪だな、と遠のきそうな意識の中でずっと考えていた。
二人目の妊娠
そんな私が、また罪の意識に駆られる事件が起きた。
二人目を妊娠したのだ。しかも今度は、まさに投資企業への投資委員会準備を控えているときに。
妊娠していることがわかったのは、投資委員会の2週間くらい前だった。
一人息子を育てているだけでも精一杯なのに、二人目の育児、、、。もう全く想像できなかった。
しかも投資委員会を控えている。エクセルが市松模様に見えるくらい、数字が苦手なくせに、そこに自分で追い打ちをかけた。
予防策は散々張っていたのに、どうしてこうなってしまったのだろう。
、、、いやいや、世の中には不妊治療を何年も頑張っても、子供を授からない人もいる。
そういう点から見たら、本当に幸せなことだ。幸せなことなのに、そのはずなのに、”起業家”という立場が、手放しに妊娠を喜ばせてはくれなかった。
自分が自分を責めているわけだから、周りの何気ない言葉が辛かった。
「うわー、、、なんていうか、わざわざ大変な道を選ぶね、、、」
「会社の人たちからしたら、(要するに)迷惑だよね、、、」
※abaメンバーからは迷惑なんて一言も言われていないが、周りの人からは、結構そう言われていた。
出資者への報告の決意
そんな中、投資委員会をなんとか乗り越え、投資契約書の締結などなどに動いている頃、私は今回出資してくださる方々に、
妊娠していることを、伝えることにした。
というのは、通常どの投資契約でも条件になることだと思うが、代表である人間が事業にフルコミットすることは大前提だからだ。
それが、もう間違いなく、出産前後はコミットできなくなる。そうなることがわかっているのに出資者にお伝えしないのは、
投資契約における、契約違反だと思ったのだ。
もしこれで、せっかく獲得した投資が無くなっても、そしてそれにより会社が無くなっても、もうそれは自業自得だと思った。
ここまでabaのことを信じて一緒にやってきてくれたメンバー。
ジョインしたのは最近でも、abaのビジョンに深く深く共感してくれるメンバー。
この人たちを裏切ることになってしまったとしても、多額の出資をしてくださる方々の、恩義にはそむけないと思った。
それこそ、起業家として、一人の人間として、「罪」だと思った。
Mistletoe 孫 泰蔵さんへの報告
恐る恐る、まずはMistletoeの代表、孫泰蔵さんに話した。
実はたいぞうさんには長くお世話になっており、最初に出会ったのはMITのOBたちが主催しているビジネスコンテストだった。
たいぞうさんは審査員をしてくださっており、私たちabaのプレゼンが終わった後、急いで駆け寄ってくれて、名刺をくださったのを、今も鮮明に覚えている。
また私は当時本当に無知で、その時までたいぞうさんのことを知らないでいた。
だからたいぞうさんがくださった名刺に「孫」と書かれているのを見て、
「あれ?ソフトバンクの孫社長と同じ苗字だ、、。珍しいな。」
と、何の勘も働かせず思ったこと覚えている。
のちにソフトバンクの孫社長の実弟さんであり、またいくつもの起業実績と起業家支援実績があることを知り、そんな人に名刺をいただいたのかと驚愕した。
これを機に、たいぞうさんには時折メンタリングをお願いしたり、また会社経営で悩んでいることを相談していた。
たいぞうさんはいつも、拙い私の言葉を懸命に拾いながら、その膨大な経験値をわかりやすく、噛み砕いて教えてくださっていた。
そんなたいぞうさんに、今回の妊娠のことを打ち明けた。
たいぞうさんは今はシンガポールに住んでいるから、PC越しでの報告となった。
「、、、なんて言われるだろう、、、」と思いながら、
「あの、、、実はですね、、、」と、蚊の鳴くような声で妊娠していることを告げた。
たいぞうさんは即座に、
「おおー!おめでとうー!素晴らしいねー!!」
と言ってくれた。
私はすぐに被せるように、
「あの、本当にすいません、、、出資していただいておきながら、こんな事態になってしまい、、、」
と言い訳がましく伝えた。しかしたいぞうさんは、
「いやいや、子供ができるときは、できた時がいつだってベストタイミングだよ。いやーおめでとう!」
と、明るく陽気に言ってくれた。
このたいぞうさんの素敵な対応で、私のそれまで抱えていた「罪の意識」がかなり和らぎ始めていた。
たいぞうさんほど起業家として成功しており、そして投資家としても活躍されている方はそうそういない。
それは、いつもメンタリングしていただく時にいただく助言からも、ひしひしと感じていた。
そんな、起業家ど真ん中の人が、女性起業家の妊娠を責めたりせず、手放しに喜んでくださった。
水と油が綺麗に混ざり合ったような、そんな価値観をジャンプする感覚を感じた。
リアルテックファンド 永田代表への報告
たいぞうさんのこの対応に勇気付けられた私は、続けてリアルテックファンドにも、妊娠のことを伝えることにした。リアルテックファンドは、ミドリムシで有名な株式会社ユーグレナはじめ、多くの大企業が携わっている投資企業である。
リアルテックファンドの担当者の方々は、私たちabaのビジョンドリブンな話も、いつもとても親身に話を聞いてくださっていたから、担当者の方々が無下にするということは、あまり想像できなかった。
問題は、数回しか話したことのなかった、永田代表にどう映るかだった。
永田さんは、ユーグレナのCFOであり、まだまだ収益化ができていない頃から上場まで持っていった立役者だ。
永田さんの質問やアドバイスはいつも抜群の切れ味があり、どれも本質を突いているものばかりだった。
起業してから本当にたくさんの人に出会ってきたが、こういう人を「聡明」というんだろうなと、いつもお話しながら思っていた。
そんな永田さんに、妊娠していることを話したら、どうなるだろう、、、。
厳しい顔で「出資は無くすしかない」と言われてしまうんじゃないかと、とても心配になった。
ベンチャーの資金調達が、ましてや技術系ベンチャーの資金調達がどれだけ大変か、誰よりも知っている人だ。
ふざけるな!!と怒鳴られるんじゃないか、、、と、本当に怯えながら、永田さんに、リバネス(リアルテックファンドの関係企業)の主催イベント後に、恐る恐る報告した。
永田さんは喜怒のどちらとも捉えられない表情で、
「え!おめでとう!、、、ってか今何ヶ月?」
と聞かれた。すぐさま私は
「3ヶ月でして、、、、あ、あの本当にすいま、、、」
と、また言い訳をしようとしたのだが、永田さんはそれを遮る形で、
「えー!じゃあ投資委員会の頃、つわりだったんじゃないの!?そんな大変な時に、、、いやーこっちも出資したいから、じゃあ委員会を後ろ倒しにできたかというと難しかったと思うけど、でもとにかく、大変な時に、、、なんていうか、ごめんねー。、」
と、まさかの労いの言葉をかけられた。
たいぞうさんといい、永田さんといい、本当に事業を立ち上げ、企業を大きくし、人の上に立っている人というのは、
もう見ている次元が違うんだと、この時痛感した。
私は永田さんの言葉に安堵すると、しつこいくらいに
「ぶっちゃけ妊娠したので、出資無くなると思って、今日はその覚悟で報告しました。出資を無くさないでいただき、本当にありがとうございます。」
となんどもなんどもお礼を言っていた。
そんな私に永田さんが、
「いやー、、、なんていうか、息吸って吐いたら褒められた気分だわ笑。それくらい、人として当たり前のことだよ。子供を授かるって。」
と笑いながら言ってくださった。
起業家とは、ビジョンを体現し、更新する存在
たいぞうさんと、永田さんへの報告を経て、私はふと、
「起業家としての正しい行動とはなんだろう」と考え始めていた。
事業を立ち上げること。売り上げをあげること。組織をつくること。顧客価値を確立すること。
どれも正しいし、どれも手放せないトピックだ。
けれどお二人の反応を見て、起業家というのは、「掲げたビジョンを体現し、日々更新していく存在」なんじゃないかと思った。
abaの理念は、「よく生き よく死ぬ 未来づくり」だ。
よく生きる、とは、一般的に成功した人生を送ることでも、意味もなく健康体を目指し続けることでもない。
その人それぞれが、「私はこう生きたい」「自分らしく生きたい」と思うことを、実現できる社会だ。
だからこそ、「自分らしく生きる」を真っ向勝負で支援する介護現場が、私は大好きなのだ。
私は、今日この日まで、「誰かが思い描く”優等生起業家”」を、ずっと目指していたんじゃないか、と思った。
私自身が、宇井自身が描く、「よい女性起業家」とは、一体どんなものなんだろう。
子供が欲しいと思いながら、仕事があるから、、、と、見えない誰かに遠慮しながら、街で会うママさんたちを羨ましがることだろうか。
それとも、仕事と子育てに日々揉みくちゃにされ、苦悩と葛藤を抱えながらも、明るく笑っている人生だろうか。
私は、後者がいいな、と思った。
昔から、育ての親である、祖母に憧れていた。祖母はうつ病になる前、肝っ玉かあさんを絵に描いた様な、とても明るく、働き者な人だった。
仕事を複数掛け持ちながら、私の母と叔父を育てた、昭和の肝っ玉かあさんだ。
そういう人に、祖母の様な人に、私もなろう。
たいぞうさんと永田さんの暖かい声援によって、もう私から「罪の意識」は消えていた。
子育ても仕事も思う存分楽しんでいる、そんな女性起業家になろう、と決心できた。
abaの理念である「よく生きる」を、体現し続ける
最近は、会社の体制も徐々に整い始め、そして何よりも、ビジョンがより明確に、クリアになった。
新しいチームで考えた、大切な理念と、ビジョンミッションだ。
あとはこのビジョンたちを方位磁石として、一つ一つ事業内容を明確化していくフェーズに入っている。
エンジンがかかり、回り始めたこともあって、私自身もやっと、二人目の出産に向き合えるようになってきた。
病院で「私って今日20週ですよね?」と看護師さんに聞いたら「あのね!もう25週よ!何言っているんですか!」と、看護師さんに怒られるくらい、妊娠に関するプライオリティが低くなっていた。そろそろ優先順位をあげないと。
最近は、出産前後のことを考えて、色々と準備できるようになってきた。
一人目の時には全く感じられなかった、「妊娠を楽しむ」という感覚を、やっと最近になって味わえるようになってきた。
人の「よく生きる」は、ますます多様化していく。
私の「罪の意識」は、前時代の価値観に引きづられた、あるべき論から生まれたものだったと思う。
これからは起業家という立場だからこそ、次世代の「よく生きる」を体現実現していこうと思う。
それが、本当の意味で、社会をアップデートすることに繋がると、信じて。