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〈壁〉の向こうには「望む世界」が広がっている【ウィズグループ奥田浩美さん×aba宇井吉美】

2024年11月10日、11日の2日にわたり開催された「ねかいごと 2024」のラストを飾ったのが、ねかいごと発起人・宇井吉美と株式会社ウィズグループ代表・奥田浩美さんのトークセッションです。

奥田さんには50以上の肩書きがあり、その活動もスタートアップ企業の支援や10年後を見据えた政策提言など、多岐にわたります。

自己紹介ではいつも「未来から来ました」と伝えると笑う、奥田さん。あらゆる分野の最先端を駆け巡り、数えきれないほどの願いとと向き合い、叶えてきた人でもあります。

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ため息や怒りを隠さずに受け止める

奥田今の私の願いは「いろいろな人の喜怒哀楽を受け止める社会にしたい」です。人間は喜怒哀楽を授かって生まれてきたのに、なぜか「喜」と「楽」は正の感情で「怒」「哀」は負の感情と認識されている。これって実は、差別ですよね。

例えば、私の場合でいうと「怒」には「格差」や何か一つの属性だけ締め付けられるような「古い慣習」が含まれ、「哀」には「女性への差別」や「取り残される層」が入ります。一方、「喜」は「これまでの経験から何かに貢献すること」で、「楽」は「仲間を作ること」が入っています。ここから怒りや哀しみを隠してしまったら、私の今までの活動は生まれてきていません。

怒りや悲しみを隠すと、やりたいことが見えなくなるという(撮影:谷浩二)

怒りの感情を出すと、「女性が怒るなんて」と言われることもあります。でも、私は自分も含めた人々のため息や怒りを隠さずに抱きしめてきたから、事業を生み出し続けることができました。宇井さんのヘルプパッドもそうですよね?

宇井:まさにそうですね。私がヘルスケア領域に進んだのも、祖母が病気になったことや人を支える介護職の人が潰れてしまう現状に対する怒りがスタートで、「ねかいごと」も怒りから来ています。

学生や後輩起業家と話していると、自分が楽しいと感じることや社会から認められそうなことをテーマにしがちなんですけど、それだけではやり続けるためのガソリンがもたないと思っていて。学生に向けた授業や「未踏的女子発掘プロジェクト『GRIT』」でメンタリングをするときは「『人生において許せないことは何か』を考えた方がいい。10個くらい挙げると共通点が見えてきて、それが自分のやりたいことなんだよ」と話しています。

「ねかいごと」の根幹にも、発起人・宇井がどうしても忘れられない「怒り」があった(撮影:近藤浩紀)

奥田:怒りや哀しみを元に事業も作れるし、社会活動もできますよね。そして、その怒りを周りの人にぶつけるのではなく、怒りや哀しみをシェアできる社会になってほしい。介護現場こそ、自分が最初の変化になりやすい環境ですよね。

宇井:介護領域は、さまざまな事業やサービス、プロダクトが生まれやすい環境です。一方で、複雑な問題を丁寧に解きほぐしていける人が少ない現状があるので、「ねかいごと」を通じて仲間を増やしていきたいと思っているところです。

進みたい道があるから「壁」を感じられる

宇井:奥田さんが壁を感じた経験もお聞きしたいです。

奥田:まず、先ほどもお話しした離島や半島での暮らしで感じた格差やインドで経験した挫折です。これまで数千ものプロジェクトを遂行しましたが、その前には必ず壁がありました。

苦しい思いもたくさんしてきましたが、「壁」だと認識するのは、塞がれた先に進みたい道があるからなんですよね。例え障害物があっても進みたい方向じゃなければ、塀くらいにしか感じないはずです。だから、困難が立ちはだかったときは、「これが壁だと感じるってことは、私がやりたいことなんだ」と捉えています。

宇井:すごくプラスの捉え方ですね。

無数の壁をがむしゃらに乗り越えてきたと振り返る奥田さん(撮影:谷浩二)

奥田:会社の設立や女性起業家の支援などを経て、インドのスタートアップの証券会社に投資をしました。「そこで得た利益で、自分が本当にやりたいことはなんだろう?」と考えたときに、「私は、どんなところに生まれた女の子でもチャレンジできる世界を作りたいんだ」と立ち返りました。そして、2024年2月9日にインドにNPO「Hiromi Vidha Foundation(ヒロミ・ヴィディア・ファンデーション)」を立ち上げました。

インドにいたときからマザー・テレサのようなことをしたいという思いはありましたが、アプローチの仕方は同じではありません。これまでの経験から私が成し遂げたかったのは「お金も含めてエネルギーの美しい分配がされる社会を作りたい」だったんです。それが、私の人生を賭けた願いです。

宇井:奥田さんの周りでは、すでに「美しい分配」が始まっていると思います。

奥田:ありがとうございます。NPOを設立した今年の2月にインドを訪れて、デリーで暮らす120名の子どもたちに学費とランチボックスをプレゼントしました。この子たちの親は、デリーの中心地で住み込みのメイドや掃除などの仕事をしています。「あの子は勉強がんばってる?」「進学できた?」など、長期にわたって子どもの様子を見守り伴走できる形をとっています。現地のスタッフにも協力してもらいながら、今も一定の寄付を続けています。

ランチボックスと学費を子どもたち一人ひとりに手渡す奥田さん(撮影:近藤浩紀)

現地の方が、なぜここまで私に協力してくれるのかを聞いたところ、「先進国ではなかった時代のインドに来て、自分たちも想像がつかないことをやってくれたから」と言われました。

宇井:35年分の願いを叶えたのですね。まずは、みんなで奥田さんに拍手をしましょう!

(拍手)

宇井:奥田さんが数千ものプロジェクトを走り抜けて、ここに至ったというのが本当にすばらしいです。

私たちも含めた研究開発や大学の研究機関は、介護現場でアンケートをとらせてもらうことがあります。忙しい介護職の方に時間を取ってもらってヒアリングをするのに、その後の報告をしないことが多い。モノづくりに携わる一人として、願いを言いっ放しにさせるのは、ダメですよね。さまざまな願いを受け止めて、一部でもいいから形にしていくことで、もう一度願いをつぶやく勇気をみんなに渡せると思っています。

「願いを言いっ放しにさせない」という誓い(撮影:近藤浩紀)

奥田:私にとっては、インドで学費を受け取った女の子も、地方に住む日本の女の子も、つらい中で立ち上がっている女性の起業家も、みんな同じです。「どんな場所にいても願いは叶えられるよ」というのが、私の大きな〈ねかいごと〉です。

私はもともと福祉を学んできた人間です。さまざまなプロジェクトを経て、ついにケアテックを厚生労働省の政策提言に入れることができました。今後は、「私も福祉側の人間です」と胸を張って事業に取り組めるという願いも叶うのかなと思っています。

宇井:そうですね。今後は奥田さんにご協力いただきながら、介護をみんなで考えていくような時間を作っていけたらうれしいです。本日はありがとうございました!

取材・執筆:畑菜穂子