小学館新人コミック大賞受賞作は軒並み面白いので時間あったら読みましょうシリーズ。三簾真也「天女の夢」
こんにちは。
本日は三簾真也「天女の夢」を紹介します。
小学館新人コミック大賞は、サンデーの連載陣を多く輩出している漫画賞で、サンデーっ子の自分からすると、大体サンデーで新連載を持つ新人漫画家さんがここから排出されています。
漫画家の卵達が眠る鉱山の1つであることは間違いありません。
今回は、数ある受賞作の中から一番好きな読み切り作品「天女の夢」をご紹介しようと思います。
もう連載は終わってしまったのですが、三簾真也先生は「水」とラブコメを絡めた「水女神は今日も恋をするか?」と言う作品を少年サンデーで連載されておりました。
一見かわいい女神様がわちゃわちゃする話なのかなーと思いきや、干ばつの厳しい世界で、その中で水を供給できるのが水女神であるヒロインのみという中々のアポカリプスな展開からスタートします。
で、そこにラブコメを混ぜていくのですが、そこら辺が面白い作品になっています。作者のtweetから1話を見れますので、お時間ある方は是非みてみてください。
それでは、いよいよ本題となる天女の夢の感想をかきます。
ここから先はネタバレ全開で書いていきます!
「くっそ面白い白蛇の呪い」
この作品の何がすごいって、無駄が無いことです。
冴えない主人公トオル君は中学三年生で、結構大きな演劇部の美術担当です。
が、別にトオル君は望んで黒子になりたいわけではありませんでした。
役者として舞台に立ちたいのです。けれどもどうしてもレギュラーが取れませんでした。
そして、トオル君には好きな子がいました。
愛しのヒロインメグちゃんです。
トオル君はレギュラーが取れないので、ボランティア活動と称して施設で一人演劇を普段からしていました。
そして、ヒロインのメグちゃんも、トオル君が1人演劇している施設でボランティア活動をしていたため、その演劇の観客席としてトオル君をみておりました。
メグちゃんは普段からボランティアをしている子で、朝から校門前に立って募金活動をしたり、耳の聞こえない子とコミニケーションを取るために手話を覚え、一通りの会話が出来るくらいのスキルを持ってます。(単純に凄い)
メグちゃんにとって、トオル君はただのボランティア仲間としか認識していないと思われるのですが、しかしトオル君にとってメグちゃんは女神のような存在でした。
メグちゃんは覚えた手話を使って、1人演劇を頑張る主人公にこっそり、メッセージを送ります。それを見たトオル君はメグちゃんのお姿に蝶の幻影を重ねる程惚れ込んでしまいます。(その結果、トオル君はメグちゃんと仲良くなる為に手話を勉強して覚えます。凄い行動力…!)
1人で演劇の舞台セットを作り、1人で劇をやってしまう程トオル君にはバイタリティーがあるため、意中の女子に告白くらい出来そうな物ですが、ここはあくまで学校の外の世界の話であり、基本トオル君は万年レギュラーの取れない、冴えない美術担当です。
学校生活でメグちゃんとの接点が無い訳ではないのですが、学校での自分のステータスの無さが尾を引き、告白するまでにどうしても至りません。
そんな中学校最後の演劇のオーディションが迫ったある日、神社にお参りに行ったトオル君が白蛇を踏んでしまう所から物語が始まります。
白蛇を踏んだ日に、トオル君の夢に出て来た天女はトオル君の願いを叶えると良います。その代わりとして、「え」をくれと天女に言われます。
トオル君は演劇部の美術担当なので、当然自室には自分の書いた絵が転がっています。
「そんな物でいいなら…」とトオル君は自分の書いた絵を天女にあげました。その代わり、「メグちゃんとキスがしたい」という願いを口にします。
次の日、トオル君はメグちゃんとラッキーキス出来ちゃいました。
あらら~って感じですよね。
その時のメグちゃんの顔を見ると真っ赤になっているので、トオル君の事をまんざらでもない感情で見ていたのかなと思いますが、トオル君はそんな表情よりも意中の女の子とキスできた事の方が嬉しくなってしまい、またまた夢に出て来た天女に自分の「け」を与える事でメグちゃんと付き合えるようにしてくれと頼みます。
次の日、メグちゃんはトオル君に告白します。
トオル君はやったぜ!と思います。そこからトオル君は天女に色々な物をあげます。その結果演劇の役オーディションに参加する権利を得ることができます。
が、そこである違和感がトオル君を襲います。
相手が喋っている言葉が歯抜けして聞こえてくるのです。
その結果、オーディションに出る権利を得る事は出来た物の、自分がオーディションで喋るセリフが読めませんでした、その結果、トオル君は自分にとって中学生最後にして一番大事な舞台に出るためのオーディションで意味不明な叫び声を上げてしまいます。
当然自分の望む役をゲットすることは出来ず、メグちゃんに声を掛けられても落ち込みすぎて何も言い返せないまま学校を去ってしまいます。
ここで、なぜトオル君が言葉を急に理解できなくなったのかが分かります。
天女が主人公から奪った物は物ではなく言葉だったのです。
「怒濤の伏線回収、そこから導かれる最後のオチ」
「え」を取られ、「け」を取られた結果、主人公は「え」と「け」が分からない人間になってしまいました。その後の願いでは複数の平仮名を取られているため、ますます自分の話している言葉や相手の話している言葉が分からなくなっていったのです。
そして、このカラクリに気がついた時、トオル君は「自分の取られた言葉をかえして」という事すらできなくなっていました。
平仮名を取られすぎてしまった結果、主人公の言葉は抜け殻になり、天女の思うまま操られる人形になりかけていました。
こんな絶望的な状況の中、トオル君にはどうすることもできませんでした。
しかし、女神のようなヒロイン、メグちゃんが、恋人である主人公を見捨てる訳がありませんでした。
そりゃそうだ。だって、常日頃誰かの為に頑張れる女の子が、自分の好きな男の子が困ってたら助け無い訳がない。
主人公はメグちゃんに自分の美術スキルを使って自分の状況を説明し、そして理解したメグちゃんは手話を使って主人公に言葉を教えます。
発音が出来ない主人公に対して、メグちゃんは手話と書き言葉を伝授します。
主人公は一見冴えない男の子ですが、バイタリティーを持っている事は1人演劇が出来るスキルを提示している事、そしてメグちゃんが味方になって助けてくれている事から百人力を発し、天女に自分言葉を書いた紙を突きつけて自分の言葉を取り戻します。
ですが、主人公が願った事は全ての事がなかった事になる事でもありました。
自分の言葉を取り戻すという事は、それまであった事も全てなくなる。つまりメグちゃんとのやり取りも全て無かったことになってしまうという事でした。
結果的に主人公は言葉を取り戻しますが、メグちゃんとの関係や演劇部でのやり取りは全てなかった事になってしまいました。
ですが、主人公はそれで良かったのだと思います。
メグちゃんが自分の事を助けてくれた時に自分の置かれた状況を説明したシーンがありますが、その時天女の力で自分の事を好きにするように願った事も伝えていたのですが、その時メグちゃんがとても傷ついた顔をしたからです。
人の気持ちを操作し、自分の欲望を優先してしまった事に対し、主人公は後悔していました。そして、そんな主人公が天女の夢から覚めた時、する行動は自分の演劇にメグちゃんを誘う事でした。
トオル君は自分の力で、メグちゃんにもう一度向き合って自分の力で演劇をし、堂々とした姿で告白したのです。(実際に好きだ!とは言ってないですけどね)
最高すぎる
無駄のないキャラクターの描き方、怒濤の伏線回収。
物語の起伏もあるし、一度落としてあげるタイミングも完璧。
只天女をやっつける話ではなく、主人公が自分の中の葛藤と戦って最後きちんと打ち勝つ展開も凄くいいですよね。
ホラーでありながら、少年漫画として破綻なく最後まで綺麗に仕事されていて凄まじいです。
この読み切りが大賞を受賞するのはそらそうだわ。
天女の呪いのかけ方も巧みだし、それがバレル瞬間の絶望と、それを覆す手話というノンバーバルコミュニケーションを使用した心の会話による反逆の一手。正に漫画でしか表現できないですよね。これ小説や映像では出せないでしょう。
アニメーションで描くには難しいですよね。言葉をどうやって失うのかって所で、上手く音声を切り取って表現することはできるかもしれないですが、でもこの言葉が徐々に奪われていくグラデーションを劇的に表現するのは難しいでしょう。
なにより、演劇部の一員っていう舞台設定も凄くいいです。主人公の悩みは役者になれない事でしたが、この物語を通じて彼はある意味ヒーローになったとも取れます。
それは、自分が役者になりたいけどなれないという所でもがいていたトオル君に新しい視点を与えたからです。
トオル君は、メグちゃんに見て貰いたくて、メグちゃんに喜んで欲しくて、最後自分の演劇をするんですよね。自分が役者になりたい、劇をしたいって思いではなく、その先として他者に対する眼差しがここにはあります。
だから最後、彼はメグちゃんとキスしたり告白して付き合ったりしません。演劇をするんです。
彼はこの後演劇部で役を取れなかったかもしれないし、メグちゃんに振られちゃうかもしれません。
でも、彼の中の葛藤はもうそこでモヤモヤする段階を超えてしまいました。きっとトオル君はこれかも、自信を持って自分の演劇をしていくと思います。というか思わされます。
最後に
この作品についた選評もおもしくて、藤田和日郎先生が「白蛇」を分でしまったのは主人公のせいだし、そこの代償みたいな物がないよねみたいなことを言ってたのは傾聴に値すると思います。
確かにね、白蛇さんは主人公を骨抜きして、体を乗っ取ろうする場面があるのですが、しかし主人公がそもそも白蛇を踏んづけた所が物語りの始まりなので、その部分については詰め方があるのかもしれないなーとは思います。
いや、この選評を読んだ時は藤田先生怖いなーって思いましたけどね。
胡蝶の夢として処理してもいいし、少年の願いにつけ込んだ白蛇が主人公を狙ってこうなったのかもしれませんが、白蛇はトオル君に殺されただけなので、そりゃ憎んでしょうが無いし、どうせなら利用してやろうと思ってもしょうがないのかなって思いますよね。
ここについての解釈は僕の中では藤田先生評が割とクリティカルにささっていて、未だに考えます。なんか分かったら次にこの作品に触れようと思った時になんか書くかも知れません。(ここら辺の話がピントこない人はCLAMP作品のホリック読むとピント来るかも知れません。)