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たかが、いちご大福。されど、いちご大福。

次は私の番だ…!!

夜の11時過ぎ。当時、私はとある外資系化粧品メーカーでECマネージャーとして働いていた。EC「マネージャー」とは名ばかりで、入社して初日に言われたのは、「あなたの部下は1週間で退職します」ということ。

戦略や企画を考える立場と思って入社したものの、一週間後にやめる人の仕事もついてきた。マネージする人なんて誰もいない、ひとりマネージャー、名ばかりマネージャーだった。

「あと少ししたらとりあえず派遣さんいれるから」「あと少ししたら部下をつけるから」といわれ続け、実際に派遣さんと部下がきたのは7ヶ月後。私は入社して半年間ずっと、割に合わない仕事量を任されて、疲弊していた。(ちなみに現在は3-4名体制になったようで、かなり職場環境は改善されたらしい。)

仕事量が多いだけならまだいいが、働く環境も不慣れだった。

私がいたのはまさに女性社会。今まで私がいた業界は、男女の比率が60:40くらいだったのに対して、私が担当したブランドでは男女比が90:10で、女尊男卑の文化だった。

はじめての業界で、はじめての女性社会で、残業は毎月120時間オーバー。毎日が戦場のようだった。あれがせめて、自分のアイデアを形にできるような環境だったらどれだけよかっただろう。しかし、仕事内容も単純作業のオペレーションが大半だった。

たとえば、製品登録の細かいエクセル入力。間違えたらエラーを起こすので、間違えられない。だから非常に神経を使う。さて情報入力をしようとすると、製品情報がそもそもまとまっていない。マーケティング部署に確認すると、まとまっているものはないから、これとこれとこれの資料から探せといわれる。やっとのことで情報を整理したエクセルを、その情報に間違いがないかマーケティングに改めて確認する。そして製品情報やコンセプト文等に修正がはいる。だったら最初から自分たちで用意すればいいではないか!!

はたまた、ページ制作でも似たようなことが起こる。マーケティングに回覧が必要で、それ自体は普通の会社もそうなのだが、その会社では「紙に印刷」して回覧板のようにファイルに挟んでマーケティングの部署の人たちの机におかなければいけなかった。回覧から戻ってきた紙をみると、雑な汚い字で「ここはもっと余白!!」と書かれている。はじめてのときは意味がわからなかった。実機確認ではなく、紙に印刷させておいて余白だと?お願いだから、実機で確認してくれよ・・・と、あの手この手で提案したが、結局マーケ部長さんから「今までのやり方で慣れてるからやって」という謎の指示が入る。そしてその紙の上でもまた、製品コンセプトの文章に修正が入っている。二度目の回覧をしたらまた修正が入る。お願いだから、最初から正しいコンセプトをひとつ用意してくれよ・・・

こういう例はあとをたたない。これが毎月最低2回、新製品のローンチのたびに行われる。メイクアップの場合はカラーバリエーションを含めると製品数がえげつないことになる。単純かつ非効率、裁量権もなく、間違えたらアウトな仕事をひとりで長時間していると、人はかなり疲弊するものだ。

そんなある日。あの事件が起こった。

その日はランチに行く時間もなく、コンビニのおにぎり2つを食べたきり。夜の11時をまわり、そろそろ今日は限界だ・・・と思っていた頃。GM(ゼネラルマネージャー)の個室のドアがあいた。すると向こうから声が聞こえてきた。

「これね〜もらっちゃったの〜いちご大福。でもこんな時間に食べちゃったら太るし。おいしいらしいから、食べない?」

おおお!!!いちご大福だと!!?私は和菓子には目がない。ホントは、大福はあんこ派で、いちごはいちごで食べたい派だが、いちご大福もたまにはよいではないか!!心のなかで、いちご大福を想像しはじめた。甘酸っぱいあの味、今の空腹に染みるだろうな。お茶を飲んで、いちご大福を食べたら、もうひと仕事がんばろう!!

向こうの方から、GMのヒールの音が2列めに差し掛かる。パーテーションがあるからよくは見えないが、残っているひとりひとりに配ってそうだ。次は3列目。私のいる列だ!

ひとつ後ろのCRMマネージャーの席までやってきた。「いちご大福なんだけど食べる〜??」「えーありがとうございますー!いただきますー。」そんな声がすぐ後ろから聞こえてきた。

よし、次は私の番だ…!!!

・・・

あれ、来ない。。。?

GMのヒールの音が離れてしまったと思うと、個室のドアが開き、姿も見えなくなってしまった。

もしかして、私だけ配られなかった・・・?

期待していただけに、頭が真っ白になった。そして胸騒ぎがはじまった・・・もう限界だ、今日は帰ろう。

帰り道、私はずっと考えていた。

たかがいちご大福だ。

きっと数量に限りがあってちょうどなくなったんだ。そうに決まってる。

されど、いちご大福…である。夜の差し入れの威力は絶大だ。故意に渡されなかったとしたら・・・?

私はECの部署で、マーケティングやCRMはブランド側に属していたから、私は部外者と思われているのか?こんなに身を粉にして働いているのに?

もしくは、単に嫌われている?女性社会で働いたことはないからなにかお作法を間違えた?いつもあんなに笑顔で接してくれているのに?もしかしてあれは裏の顔で、本当はいちご大福もあげたくないほどに嫌われているのか?

いやいや、たかが、いちご大福だ。そんなに真剣に悩むほどでもあるまい。GMだって、私がたかがいちご大幅で、こんなにモヤモヤすると思っているわけがない。

・・・しかしながら、私の中でモヤモヤは止まらず、夜寝るときもいちご大福のことを考えていた。いやいや、もう忘れて、明日は仕事に専念しよう。きっと数が足らなかっただけだ。


翌日。

私は、転職してほぼはじめて、仕事帰りに友達A子と食事に行った。A子は、私のいいところも悪いところも全部わかってくれている、中学時代からの親友だ。A子は、私があまりに働きすぎているのを見かねて、食事に連れ出してくれたのだろう。

その日「駅で売っててすごくおいしそうやったから!」とA子は笑顔で私にお土産をくれた。「えー!ありがとう!!!なになに?」と聞くと、A子はにっこり「いちご大福!」と言った。  

「いちご大福…」

いちご大福という言葉をきいた瞬間、私は、堰を切ったようにその場で泣き崩れてしまった。

A子が予約してくれた恵比寿のおしゃれなレストランの窓際の席で、いちご大福の箱を抱えながら、私はボロボロと泣いた。

仲間はずれにされたかもしれないこと、MBA留学までいって帰国してから就いた仕事があまりにつまらないこと、弱ってるときにいつも手を差し伸べてくれるA子のこと。一度泣いてしまったら、いろんな感情が溢れてきて止まらなかった。

A子は、たかがいちご大福で号泣している私をみてキョトンとしていたが、あまりに泣き止まないためオロオロしはじめた。私は昨晩のいちご大福事件について話しはじめた。「昨日…私だけ…私だけいちご大福もらわれへんかってん…!!!」

最初A子は笑っていた。そして今の仕事がいかにつらいかを話した。すると、A子はただただ優しく私の話を聞いてくれた。

会社の人からいちご大福をもらえなくたって、私にはいちご大福をくれる大親友がいる。人生、仕事が全てじゃない。

私は元気と正気を取り戻すことができた。


私にとって仕事は、仕事内容それ自体と、一緒に働く人との人間関係の2つが大切だ。両方揃っていたら最高の職場、両方ないと最悪の職場だ。

あの事件から数ヶ月たち、人間関係もよくなったと感じたが仕事内容はかわらなかった。さらに数ヶ月後、私は退職した。もしあのまま3年我慢していたらマシになっていたのだろうが、3年はあまりに長い。人生、仕事が全てではないが、働いている時間は起きている時間の多くを占めてしまうのだから、仕事がおもしろくないと人生もおもしろくなくなってしまう、というのが私の根底にあるのだと思う。

今はフリーランスで、旦那さんと犬と暮らしながら、自分のペースで仕事をしている。悩みも多いが、仕事内容と人間関係は会社員よりコントローラブルではあるので、フリーランスは私にあっているとは思う。

それでもたまに、いちご大福をみると、甘酸っぱい当時の仕事の思い出が蘇る。チームで働くことの難しさと楽しさ。やはりチームで働くっていいこともあるよな…と、お餅はあんこ・いちごはいちご、で食べたい私も、やっぱり同時に食べるのもいいなと思ってしまう。

そうだ、久々に、A子といちご大福を食べよう!


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