[恋愛小説]1974年の早春ノート 第2部...5/四人の盛夏
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8月上旬の土曜日、優の会社も大学も夏休みに入っているのだが、優はアパートで製図台に向かい夏期課題のレポートで苦戦している。
隣で扇風機の風に、泉の長い髪がそよいでいる。彼女はサスペンス小説を一心に読んでいる。タンクトップにショートパンツで露出度が高いので、優はさっきから泉の白い肌が気になって、どうも集中出来ない。
優「ああ、暑い。」
泉「しょうがないでしょ。夏なんだから。」本から顔を上げ言う。
優「夏休みにこんな課題を出すなよなー。大体、設備屋に成りたいのに、なんでデザイン論だか、意味不明だよ。」
泉「何の課題。」
優「うん、空間デザイン論で。二つあって、ひとつは現代建築家4大巨匠を論ぜよと言うのと、ギリシャ建築のオーダー3種類とパルテノン神殿の破風の模写。」
泉「へー、凄いわね。よく分からないけど。」
優「その建築家の一人のフランク・ロイド・ライトっていうのが、凄いんだ、施主の奥さんとヨーロッパへ恋の逃避行をしてるんだ。」
泉「スキャンダルな建築家なのね。」
優「俺にもそうなって欲しい?」
泉「馬鹿!そんなことしたら、絶対許さないから。ゆーちゃん、殺して、あたしも死ぬ。」
優「おい、おい、待てよ。冗談でもそれは怖いよ。」
泉「ふん、あたしを差し置いて、浮気は厳禁よ。わかった!」
優「….はい….。」
やぶ蛇だった。失敗したと優は思ったが、「浮気」という言葉に泉が過剰に反応することに、違和感を感じた。が、それは後に分かる。
優「そうだ。阿字ヶ浦へ行こうか。宮本がバイトしてるって。」
泉「そうなんだ。会いたいね。」
優「そしたら、小百合ちゃんも誘ったら。」
泉「そうね、電話してみる。」
優「宮本、まだ彼女居ないらしいよ。」
泉「あそう、小百合ちゃんも、空き家よ。」
優、泉「ふーん。」ふたり顔見合わせ、含み笑いする。
泉の親友の、山本小百合は、三高・短大と同じで、先日、優に小百合を紹介したばかりだ。
5月の教育実習での泉と小百合の会話。
小百合「泉、優さんって、あの学園祭でナンパした人?」
泉「そう、あの時ナンパした彼。」ふふふと笑う。
小百合「へー、あれから続いているだ、大したもんだね。」
泉「そうよ、色々あって、大変だった。」
小百合「私もそんな彼氏、欲しいな。」
泉「ゆーちゃん、みたいな素敵な人はそうそう、居ないわね。」
小百合「それって、自慢?」
泉「そう。」あはは、と二人笑う。
その小百合を誘い、三人は宮本がバイトしている、阿字ヶ浦の旅館に着く。
玄関にいた、オーナーに挨拶し、宮本を呼んで貰う。
宮本「おお、久しぶり。」と見知らぬ小百合へ視線が向く。
泉「宮本さん、お久しぶり。こちら山本小百合さん。」
小百合「初めまして、山本小百合です。」
宮本「ああ、はい。宮本靖です。」
優「バイト何時まで。」
宮本「ああ、2時から5時までは、空いてる。」
優「じゃー、海岸に居るから、後で来て。」
宮本「ああ、了解。」不思議そうな顔をしている。
小百合、宮本に軽く会釈して、三人は海水浴場へ。
宮本「可愛い…小百合さん…」と独り言。
バイトの空き時間に、宮本が来た。気を利かせた優と泉は、二人で渚へ行ってしまう。二人取り残される、宮本と小百合。
小百合「あの二人、ホント仲が良くて、うらやましい。」
宮本「ホントですよ、高3の学園祭から、ずーとあれですからね。」
小百合「でも、色々あったって、泉が言ってた。」
宮本「あー、俺も優から聞いてます。かなり深刻なこともあったって。」
小百合「そうそう、泉も言ってた。」
宮本「なんか、俺たち、あの二人の愚痴の聞き役ですかね。」
小百合「ほんと、そうね。」
二人、「あはは。」と笑う。
渚の二人は、笑っている宮本と小百合を見て、
優「おお、なんか笑っているよ。」
泉「なんか良い感じね。」
斯くして、宮本と小百合は、その後、付き合い始め、4人でダブルデートもするようになった。
それが、1976年8月の出来事だった。