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クリスマスに考えさせられたおもちゃの必要性
2020年のクリスマスが終わった。今年生まれの息子にとっては初のクリスマス。
クリスマスを迎える前、スペインに住む彼の祖父母から、現金が振り込まれた。(今年は、直接会えないので、手渡しではなく銀行振り込みである。)
息子へのクリスマスプレゼントを買うように、とのお達しとともに。
息子に必要な育児グッツは足りているので、おもちゃを買うことにした。
今のところ、お下がりのおもちゃや、家にあるガラクタ(笑”詳しくは後ほど)で事足りていたので、私たち親にとっても初めてのおもちゃ購入である。
ネット上のレビューを読み込み、息子の月齢に合ったものと、数ヶ月先の月齢のものを、数点購入した。
そしてクリスマスの日に、晴れておもちゃは、息子の手に。
クリスマスのプレゼント開封の儀といえば、子供の満開の笑顔が咲き誇るときである、はずである。
まだ息子は0歳とはいえ、新しいおもちゃにどんな好反応を示すか、楽しみにしていたのだが…!
息子は、新しいおもちゃへそこまで興味を示さず、遊びなれたガラクタたちを手に取って遊んでいた。
ガラクタというのは、キシリトールガムの入れ物(ガムがまだ入っているので、シャカシャカ音するのがよいらしい)や、ヨーグルトのカップ(手でつかみやすいらしい)やら。
あれ?おもちゃで遊ばない…?
そんな息子の姿を見た夫は、「おもちゃって、親のためにあるのかも。」と言った。
おもちゃは親の自己満足、という意味らしい。
息子のために、と買ったおもちゃだったけれど、彼は、おもちゃがなくても、身の回りのもの(ガラクタ)で十分満足そう。
一方、おもちゃをプレゼントとして買って満足していたのは親の私達。
おもちゃが本当に必要になるときもくるかもしれない。でも、今は彼にはおもちゃの必要性は高くなかった。
息子におもちゃをはじめ、ものを買ってあげたり、何かをしてあげる際、親の自己満足にならないよう気をつけなければ。
クリスマスの日に学んだのでした。