或る日
陰鬱としてどうしようもない虚脱感に襲われる日がある。
その日が来るのに決まりはなく、数年単位で来なかったり半年のスパンで来たりで予測はできない(前兆はあるのかもしれないが自覚は無い)。
朝目が覚めた時、夜中に目が覚めてしまった時。
その時に「来た」と自覚できる。
その日。
いつものように目が覚めた私はどことなく澱みが混じる空気感に「来た」と悟った。
起き上がらない言い訳を考えるのにも飽きて、「朝日を浴びると良い」と言う片隅に残る拙い知識と言い訳を断ち切る口実として遮光カーテンを開いた。
瞬間飛び込んできた鮮やかな色彩に嫌気が指し、再びベッドへと倒れ込んだ。
半同棲のように暮らしている恋人に適当に言い訳をし、今日は家に来ないようにとメッセージを送った。
誰にも会いたくなかった。
ぼんやりとベッドに寝転がっていると次第に瞼が落ちてくる。遮光カーテンから漏れる刺すような陽光から逃れるように目を閉じた。
安定しない日というのは誰にでも平等にあると思っている。ちがうのはその頻度だけだ。毎日という人もいれば私のように時々だけという人もいる。解消法も人それぞれだ。
私は誰にも会いたくないだけ。それだけなのだ。
寝て起きてを繰り返して、遮光カーテンから入る光は赤い。
すっかり夕方になってしまったのだと。
ふと感じる重みに目を向けるとでっぷりと太った愛猫のお尻。近くにはもう一匹が野生を忘れたかのように堂々と腹を向けて仰向けで寝息を立てていた。
陽が落ちる速度は瞬く間で、赤い陽光はすっかりと消え代わりに信号機の人口的な灯りが暗い部屋に明滅していた。
その光になんとなく安堵した。
正しくないことに対して、もう怖くないと思えた。
どんな日を過ごしていても腹は減るのだから、とキッチンへの扉を開けた。
明日もうまく生きていく。
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