あかね噺-第123席・志ぐまの高座-感想
ストリートファイター6の追加キャラのテリーの映像が公開されました。
かなりいい感じで実装がかなり楽しみになりました。
こういうコラボにおいて、元になった作品からどう盛り込むかというのはセンスが問われるんですけど、カプコンはこれがかなり上手い印象があります。マーブルコミックと組んだ「マーブルVSカプコン」、ガンダムの対戦ゲームの基本形を作った「機動戦士ガンダム連邦VSジオン」、SNKとのコラボの「カプコンVSSNK」、他にもジョジョの格闘ゲームなど、原作愛を感じるゲームがたくさんあります。
カプコン開発は、サブカル好きが多く、愛好家だからこそわかる拘り方の勘所を外さないのですが、今回もSNKのゲームが好きだという人でも、分からないような細かい引用の上手さが光ってましたね。
すでにある物をどう新しい形で魅せるのか?落語にも通じるものがあるなぁと思いつつ感想に行きます。
◆あらすじ
週刊少年ジャンプ 2024年8月26日発売 39号
志ぐまの落語が始まる。
◆感想
志ぐまの落語はまさかの「死神」でした。”泣きの志ぐま”がこの噺を選ぶとは想像してなかったので驚きましたが、まだまだ序盤ですが、圧巻の内容でしたね。
今回は、死神について・格の違いを魅せる・落語で殺す、について書いていきます。
死神について
まさかの「死神」でしたが、読んで納得させられたというか、この噺しか無い感じがしましたね。
「死神」は、グリム童話を参考に作られた古典落語で、話の面白さから多くの落語家が持ちネタにしていて、有名かつ人気のある噺です。
話の筋がしっかりしていて面白く、かつ有名なことからか、様々なアレンジがされていて、ソレに対して寛容な空気がある稀有な落語でもあります。
「死神」はこの漫画の中で、絶対に演られる噺だと思っていたのですが、一生か魁生が演ると推測してたので、志ぐまが演ることにびっくりしました。
ただまいけるの「たちきれ」の後に、志ぐまの格を魅せるのなら、この落語しかない感じもしましたね。
あと上にも書いたとおりに「死神」は様々なアレンジが許されてる噺でもあるので、志ぐまの「死神」の後に一生や魁生が凄い「死神」を披露する展開も十分面白そうな気もします。
格の違いを魅せる
今まで「あかね噺」には、凄い落語家や凄い高座がいくつも描かれてきましたが、それらより一段上の落語だとハードルを上げまくってましたが、ここまでですでに一段上の落語だと認識できる高座になっていたと思います。
顔見世の意味合いの強かった「看板の一」や「お茶くみ」は、ダイジェスト的だったので、そこまででは無いとしても、直前の落語である「たちきり」は、まいけるの境遇や人生をクロスオーバーさせて落語の内容との相乗効果を巧みに使っており、これを超えるのは、難しいと思っていたんですけど、格の違いを感じさせてくれましたね。この格の違いを魅せる為に、絵と演出と構成の3つが噛み合う形で作り上げられていました。
何と言っても絵の力がすごかったです。
特に見開きの絵の力は誰もが納得する所だと思います。
1つ目の見開きである志ぐまのアップは、この漫画では珍しいスクリーントーンを使って迫力のある志ぐまの顔と表情を描かれていました。
顔の描き込みと背景の白のコンストラクトとフォントの力強さで、凄い強者のオーラを感じました。
そして2つ目の見開きの死神が出てくるシーン。迫力のある死神では無く、リアルな背景にぽつんと死神がいる所に、日常生活にあるリアルな死を連想させて逆に怖い感じで良かったですね。この見開きは水木しげるの妖怪の描き方をオマージュしていると思われますが、こういう所にさらっと水木の世界観を持ってこれる所にセンスを感じました。
そして、志ぐまの所作や表情を繊細に描いた部分も良かったですね。志ぐまの落語をしっかり魅せているからこその見開きの迫力というのも、素晴らしいと思いました。
ネームと作画に分かれている「あかね噺」ですが、ネームでは表現できない部分を埋めた素晴らしい作画だと思いました。
そして、演出の巧さも素晴らしかったです。
今までの落語は演者でも観客でも無い俯瞰した目線で落語は描かれてました。カメラが演者の後ろに回ったり、横顔を見せたり、劇場を俯瞰させたりしていたのですが、今回は初めて、観客の目線でじっくりと落語を描いていました。
志ぐまの所作や表情を客の目線で書き続けたことで、読者を志ぐまの落語に引き込まれた観客にしていました。
その引き込んでからの死神の見開きは、志ぐまを見ていたらいきなり死神が目に飛び込んできたように錯覚させていて、観客と読者が同じものを見せられている良い演出だと思いました。
さらに、物語の構成の巧さも感じました。
この落語の前に、渋谷の街や学問の話を見せていることで、ここまで演者としてそこまで掘り下げてこなかった「志ぐまの落語」への興味を読者に持たせてきたこと。
学問・あかね・ジャンボと異なる目線から、志ぐまの落語についてどう見えるかを書くことで、立体感を作っています。
樫尾が資料から見つける「500人殺し」という逸話を死神に重ねるように紹介する。
志ぐまの落語の凄さを、読者に魅せるために沢山の仕掛けを組み上げてあるところにも感心しました。
まだまだ「死神」は序盤ですけど、この先どうなるかも楽しみです。
落語で殺す
志ぐまの過去のエピソード「500人殺し」も良かったですね。そんな話ある?って感じがするけど、志ぐまの「死神」を見ていると有り得そうと思ってしまう迫力がありました。
落語で人が殺せるのか?例えば、初代桂春団治は「後家殺し」の異名がありました。客を笑わせすぎて女の人が小便を漏らすほど笑わせたという逸話からこう呼ばれたという話を聞いたことがありますが、春団治はそれぐらい笑わせることに執着していたという逸話で、「後家殺し」は単に離婚した後に後家の入り婿になったからだそうです。
古今亭志ん朝は「新必殺からくり人」というテレビドラマで、芸人・塩八という落語家を演じており、その中で悪党を得意の語りで催眠術にかけ屋根から飛び込ませて殺すという技を使っていました。
古今亭志ん朝の語り口で、催眠術にかけるのですが、名人志ん朝と言えども演出に無理がある感じでした。
しかし、あまりに集中して他のものが見えなくなるとか、危ないけどやめられないなんて事は、よくある話で、有名なのは「地震が来たのにFPSやめられないんだけど」って動画ですね。
大きい地震が来て警報がなってるのに、ゲームが良いところなので配信しながらゲームを続けてしまうって動画です。
とはいえ、火災報知器がなっていたら落語なんか聞こえないと思いますけど、それでも聞かせたって逸話は強烈です。
こう考えるとまいけるの真打ち昇進試験における「全生の妨害で邪魔されちゃって客の注意が散漫になる」ようでは甘いと思われても仕方がない気がします。
志ぐまの落語は、まだ始まったばかりで、この後どうなるのか楽しみにしつつ感想を終わります。でわでわ。