正直者は馬鹿になりたい
ああ。煙がもやもやと上がっている。
嘘や我慢が可視化されるこの体質は厄介だ。
嘘をついたり、我慢すると、何故か体から煙が出る。病院で調べても原因はわからない。
個人的には正直病と呼んでいる。
「七海ちゃんは嘘つかないしハッキリしてるから信用できるな!」
なんて言われるけれど、実際は嘘をついて自分を押し殺すと煙が出てしまうから、正直にならざるを得ないだけだ。
本当は気の利いたお世辞だって言いたいし、お世辞を言わなければいけない部分で何も言えなくなるのはしんどい。自分の感情がダダ漏れだ。
「私デブだからさ~」
「えー全然そんなことないじゃーん」
の他愛ない会話が地獄だ。
本当に思っていないと煙が出る。
お前は確かに自分が思うようにデブだ、と言っているようなものだ。
だからこれまで嘘をつこうとしては孤立してきた。それならば仕方ないと思ったことを全部言う正直者になった。
——そういう正直なところがいいね。
そんな台詞が嘘かもしれない恐怖。何で私だけこんなに恐れないといけないのか。もっと何も気にしない鈍感な馬鹿になってしまいたい。
しかし、正直に生きてここ数年。嘘をつく、お世辞を言うというのは処世術ではあるけれど、それで首を絞める人も多いことに驚く。
嘘をつけない私は、嘘を羨ましく思っていたけれど、どうやらそんな簡単なことでもないみたいだ。
一つの嘘がもう一つの嘘を呼び、がんじがらめになる。
例えば、嘘をつくのが上手い人の「本当」はどこにあるんだろうと思う。
私は留めた嘘が煙になって外に出てしまう。でも普通の人はその煙が体の中に留まったままなんだろう。何とも体に悪そうなことだなと思う。そんな煙で体が満たされてしまったら、本当の自分なんて消えてしまいそうだ。かすれてかすれて行方知れず。
ずっと自分の体質を恨んでいたけれど、もしかしたら幸せなことなのかもしれない。私はきっと最後の最期まで、本当の私のまま生きていくのだろう。
嘘の自分のまま死んでいくかもしれない誰かのことを思いながら、悲しいことだなぁと思ったけれど、微かに煙が出ていたから、実はあまり哀れんではいないんだなと思いつつ、空に上る煙を眺めるのであった。