あかの他人の話
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ぎんぎん、こんにちは、ノウト!
味のあるカタチ、という話を前回させていただきました。
味のある、と言えば、そのモノに対して趣(おもむき)がある、と言う意味合いで言われることが多い気がします。つまり、良い感じです。良いとは言い切れないけれど悪くはない感じです。ちょっと古くなったけれどその古さが何とも言い切れない良さを感じるときなどにつかわれたりします。なんて話はしておりませんが、前回のお話もお読みいただければ幸いです。
どこかのテレビや動画などで、古いモノを褒めるときなどによくつかわれたりつかわれなかったりします。
逆に言えば、そんな古くもない真新しいモノには、つかわれません。真新しいモノにもきっと味はあります。趣はあります。その趣は味と言う訳にはいかないということでしょうか。
つまりは、不自然な味です。人工物は味にはならない。
自然的なモノが味になっていく感じです。ただの経年劣化の言い換えとしての言葉になったのかもしれません。とまとめたのですが、
そう上手い、綺麗とはカワイイとは言えない個性的なモノ、絵や造形物には、「味がある」なんて表現されていることを思い出したので、前言は撤廃、撤回させていただきたく思ったり思わなかったりします。
確かに、何とも言えない良さのある絵はあります。子どもの絵などうまいとも言えませんが、大人になれば描けない良さがあったりなかったりします。わが子ならばなおさら、その描かれた光景がフィードバックして何ともいい絵になっていることもあったりなかったりします。
自分の似顔絵なんて描かれたりすると、それだけでその行為だけでうれしくて楽しくて何ともいい絵です。そこまでいくと「味がある」ではなく「上手な絵」です。その人にとってはその描かれた似顔絵と自分の顔はそっくりに映っています。
他人が他の人が、その人の見え方でこの絵とこの人が同じなんて確認しようがありませんからね。
「いやいや、違うやん」「あきらかに違うやん」と思われるかもしれませんが、その人にとっては全く同じに見えるなんてことはあります。
赤色のものを見て、みんなみんな同じ赤色の色を見ているとは確認のしようがありません。ボクの見ている赤とキミの見ている赤は同じ色に赤なのかは確認しようがありません。同じ色の赤を見ていても、同じ色に認識しているかは別の話です。
なんだか、冬が終わり春が来たような陽気なので、このあたりで。
ありがとうございます。
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