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昔々の、夜の話。








私は愛の量を計ってみたり、
誰かにみせつけるのが好きじゃない。
ヤキモキを繰り返しながら、
大好きなのに明日には大嫌いになっているような
ジェットコースターに悩まされていた時があった。
ガードレールが細過ぎて全く頼りない道。
途方にくれて、自分は世間一般のレールから
外れた道にいるんじゃないか?と迷ったとき。
ぐしゃぐしゃで、自分で答えを出せないとき。

力を貸して欲しいなって思うときに、
引っ張ってくれそうな人に一推し、二推し。
お願いすることが過去にあった。

世間的には賛否両論あるかもしれない。
もしかしたら、軽蔑されてしまうかもしれない。
でも、今という自分を、自分でしっかり認める、
愛でて、許容してあげること。
それが一番必要だということは
なんとなくわかっていたから
昔から行動力には定評のある自分は
すぐになす術を、と動き出したのだ。




自分とかなり似た実経験を話すあの子に
すぐ親近感を覚えた。なぜだろう。
…どうやら、昔表舞台に立つ仕事をしていたそう。
昔から、自分が近しい関係になったり
話しやすいと感じる人には
直感的な何かを感じとってしまうのである。

『私といるときは私のことだけ考えててね』





なんとなく、この言葉にハッとしたのを
覚えている。
ちょっとだけ目が潤んでしまった。
カッコ悪いと思って後ろを向いて
瞬きを瞬足で繰り返して、涙目を乾かした。
決して何かあったとかでもなく、
自分がぼーーっとしてた自覚もない。
(何考えてるかわからない、とたまに言われるから
もしかしたらそんな顔をしてたのかもだけど)笑
だけど、なんだろう。
まるで気持ちを覗かれたような、
心を見抜かれたような。ぞくっとする。
度肝を抜かれたこの感覚は今も覚えている。

余談だが、30歳を過ぎてから
人の顔色声色で、心情が読み取れて
それが大体当たっているという現象が
起きてしまってることも実はある。
デカレンジャーのジャスミンだね!
推しに似てよかったやん!!と
言われたこともあるが、なんなんだろうか
戸惑いを隠せない自分もいる。
…話を本題に戻そう。

あの子との時間はあっという間に過ぎる。
私の心情にこれはこういうことだよね!とか
だいぶ濃い話をきいて共感して、
最後には身も心も深く寄り添ってくれた。

『相手がどうとか周りがじゃなくて
最終的には自分がどう思うか、
めろちゃんが幸せかどうかだよ』

また、最初のときみたいに目が潤みそうになった。
だけど、少し前より冷静になれている、
自分が確かにここにいる。不思議だ。

帰路につきながら冷静に振り返った。
あの子が最初に言っていた、
私といるときは私だけを見て考えてて!
も正解だと思うし
他のことが頭をよぎってもいい。
けど私に戻ってきてね。
どちらも多分正解なのだろう。
私は後者になりたいけどなりきれない
前者なのかもしれないな〜と考えたりしつつも
心を見透かされたような経験をして
自分を客観視していた。

これからの自分の進む道が、
決して綺麗じゃなくても。
あの日より、道筋が定まることができたら。
また話す機会を作れたらいいなと思った。
次会う時には、あの日なんかよりも
はちゃめちゃにカッコよくなるから待ってて。



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