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湖の白鳥を探して|長野・野尻湖
スワンボートに、なぜか心惹かれる。実際に乗るとしたらもっぱら手漕ぎボート派なので、乗りたいわけではない。ただ、湖に浮かんでいるのを見ていたいのだ。
彼らを見ていると、なにか、優しい気持ちになる。あの細長い首、少し剥げた装飾、一点を見つめて前進する姿。乗っている人たちによって、少し左右にゆらゆらしたり、同じ場所でぐるぐる旋回しているのも、健気で良い。がんばれ。つい、そう思ってしまう。
長野県信濃町にある野尻湖では、いろいろなマリンスポーツを楽しめる。水上バイクやヨットが浮かぶそこに、もちろん、スワンボートもいる。他の乗り物とは一線を画した牧歌的な雰囲気を醸し出す彼ら。そのギャップがたまらない。
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野尻湖はナウマンゾウの発掘地として有名だ。まだ地底にはたくさんの化石が沈んでいるといわれているが、彼らは水上に浮かぶスワンボートたちを眺め、何を思うのだろう。もし同じ時代に生きていたら・・・瞬間的に頭の中にカオスな湖の様子が浮かぶ。
湖畔サイクリングなど、野尻湖の楽しみ方は様々だが、今日はそれらは置いておいて、ナウマンゾウ博物館の前にある芝生に座りながら、湖のスワンボートを見つめよう。これも一つの湖の楽しみ方だ。自分で乗るわけではない、陰ながら彼らに声援を送るのだ。
ぽつぽつと桟橋から離れていく彼ら、最初は少しおどおどした挙動だが、慣れてくるとすいすいと湖を進んでいく。巣から飛び立つひな鳥を見送る、親鳥の気持ちを追体験できる。心配な気持ちと、子が巣立っていく誇らしさ。さあ、気を付けて。いってらっしゃい。
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野尻湖は、長野県内でも諏訪湖に次いで二番目の大きさを誇る広大な湖だ。公園内にある池よりもはるかに広いそこに、ぽつぽつとスワンが見える。ああ、そっちに行っちゃだめ!と思わず声をかけたくなる、やんちゃなスワンもいる。じっと眺めているとわかる、それぞれの個性が、おもしろい。名前を付けても、いいかもしれない。よく見ると顔も少しずつ違うように見える。
湖の北西に浮かぶ枇杷島には宇賀神社があり、ボートを使って島に上陸することができる。島に集まった何台かのスワンボートたちが、密集している。仲間同士で会話しているようだ。会話の内容を想像していると、あっという間に時間が過ぎてしまう。
しばらくスワンを眺めて満足したら、スワンのいる桟橋方面へ歩いていこう。途中にはカフェやレストランがいくつかあり、どこか懐かしい雰囲気もとてもよい。歩きながらきょろきょろと周りの建物を眺めていたら、味のあるビルの最上階に何やら見覚えのあるフォルム・・・あれは。建物内に大量のスワンボートが鎮座しているではないか。
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思わず立ち止まり、考え込んでしまった。どうやって、このスワンたちをここに連れてきたのだろうか。エレベーター?あったとしてもスワンが入るサイズとなるとだいぶ大きいような。しばらく考えていたが、考えれば考えるほど怪奇に思えてきたので、考えるのをやめた。ガリバー旅行記に出てくるような巨人のスワン調教師がいるのかもしれない。その謎を暴いてしまったら、わたしもあそこに閉じ込められてしまいそうだ。窓の中から湖の方向を見つめる彼らに後ろ髪をひかれながら、その場所を後にした。
芝生広場に戻ってくると、黒いスワンボートがそこにいた。先ほどは気付かなかったが、民家の陰で一休みするように、そっと佇んでいる。この家の住人に飼われているようだ。ぴかぴかのその毛並みは、とても健康そうに見えた。野生?のスワンと飼いスワン。スワンの世界も、いろいろあるのだ。彼にさよならを告げ、湖の白鳥を探す旅を終えるとしよう。
ちなみに野尻湖は、かの有名な童謡で歌われた地だ。誰もが知っているあの歌の。
”静かな湖畔の森のかげから もう起きちゃいかがと・・・”
そのとき、私の心の中では白鳥が鳴いていたのは、言うまでもない。