見出し画像

サマスペ! 打ち上げ編 

「うまいなあ、これ」
 悠介は舌の上で溶けそうな刺身に興奮していた。
「鹿児島湾の獲れたてだそうやからな、新鮮なんやよ」

 次郎の関東弁は、結局あまり上達しなかった。
「魚を使った料理自体、由里さんが作った鮭のシチューだけだったしな」
「そやったな。なんか懐かしいなあ」

 ホテルの宴会場は座敷を二間つなげてあった。横長に並べた机が向かい合わせに二本。それぞれに七席ずつ、料理の膳が用意されている。

 風呂に入って浴衣に着替えた学生十二名にOBが二人混じっていた。一人はゴーゴー岡崎、もう一人は村本と名乗った。鹿児島市の隣の日置市で中学校の教師をしているそうだ。大梅田が連絡をしてこの場に呼んだらしい。

 悠介は下座の方で次郎とライトに挟まれていた。向かいに二村と柴田が座っている。

「二村君、半端ないスピードで食べてるねえ」
 柴田がちょっかいを出す。
「だってうますぎるだろ。このコロコロステーキ、絶品だぞ」

「リバウンドしてもしらないよ」
 ライトは心配そうだ。
「むむっ。今日はやむなしだ」
 浴衣の腹をぽんと叩く。

「お客様の中に、鳥山様はいらっしゃいますか」
 仲居さんが座敷の障子を開けて声を掛けた。

「はいはい。鳥の山と書いて鳥山ですう」
 崩れた感じに浴衣を着た鳥山が、タブレットを手に宴会場の外に出て行く。

「鳥の山と書いてチョウさんでしょ」とアッコ。
 悠介は「あっ」と声が出た。
「と言うことは、呼び捨てにしてたんだ。ひどいな、アッコ先輩は」

 にやりと笑うアッコの隣にいた大梅田が席を立った。ビール瓶を持って村本の前に膝をつく。

「村本さん、突然、お呼び立てしてすいませんでした」
 ビールを注ぎながら光る頭を下げた。
「なんの、とんでもない。こちらこそ連絡もらって本当にうれしいよ」

 村本の隣に座っていた由里の顔は上気している。
「父と一緒に歩いた方に会えるなんて、夢かと思いました」
 悠介は薩摩揚げを食べながら聞き耳を立てた。

「由里のお父さんがうちのOBだと昨日知ったものですから。それでもしや九州に当時のOBがいないかと名簿を調べたんですが、ラッキーでした」

 村本が注がれたビールをうまそうに飲んだ。
「君たちが九州を歩いてるってのは、はがきをもらって知っていたがね。卒業してもう三十年だから、私なんかが顔を出したら煙たがられるだろうと思ってたんだ」

「とんでもありません」
「でもねえ、平野幹事長の娘さんがいるって聞いたら、矢も盾もたまらず来てしまった」

「ありがとうございます」
 由里が村本にぎこちなくお酌をする。
「先輩の面影があるよ。目元なんかそっくりだ」
 由里は目を伏せて瞬きした。

「先輩にはお世話になったんだよ。私が入学した時の幹事長でね。その年の夏合宿は東北だったんだけど、新人の私は熱中症で倒れてしまって」
「本当ですか」
 由里が悠介をちらりと見た。

「先輩が急きょ、翌日のコースを短くしてくれてね。そのおかげで歩き通せたんだ。村本の荷物をみんなで持とうって言ってくれた。全員に励ましてもらって歩いたなあ。いや、いい思い出だよ」

 村本はビールを一口飲んだ。
「先輩はみんなに信頼されていたよ。ちょっと怖かったけど、いい先輩だったなあ」
 由里は目をこすった。

「先輩は君が夏合宿に挑戦したこと、きっと天国で喜んでるよ。素晴らしい親孝行じゃないか」
「はい……はい」
 目にハンカチを当てた由里が何度も頷く。

 次郎が小声で言った。
「梅さん、気が利くなあ。昨日、電話したってことやろ」
「そうだな。由里さん、お父さんの思い出が聞けてよかったよ」
「あんなに感情豊かな人だったんやな。もうつんつん姫なんて呼べんなあ」

 次郎のグラスの脇に戻ってきたスマホが置いてある。
「ところで次郎、目の前にスマホを出しといて大丈夫なのか。我慢できるのか」
「平気や。SNSのアプリをまるっと削除したからな」
「へえ、思い切ったな」

 次郎は涼しい顔をしている。
「なくても不自由せんかったからな。これからはアナログに生きるんや」

「ほい、次郎。三百五十円」
 二村が悠介たちの前にどっかりと腰を下ろした。
「なんや」
「財布が戻ってきただろう。料金を回収させてもらうよ。次郎はだな」
 首に掛けたメモ帳をめくった。

「耳栓とエア枕二日分だ」
「おう、安いもんや。おかげで安眠できたしな」
「悠介は倒れた日に特別措置で貸したエアベッドだな」
「えっ、あれも金、取るの」
「そりゃそうだよ、商売だからな」
「まあいいか。二百円だっけ」
 悠介は財布を出して小銭入れを開けた。リュックから引っ越しをさせた鷽と目が合う。

 二村の目がくりっと横に動く。
「おっと、高見沢さん、どこに行くんですか」
 高見沢がそっと席を立とうとしていた。

「高見沢さんは将棋盤のレンタル代が積もり積もって千八百円、さらにエアベッドやらなんやらで都合、二千六百円です」
「そうか。東京に着いたら払うよ」
「そんなの駄目ですって」
 二村が高見沢を追いかける。
「こら、二村、タカミーをいじめるな」
 アッコが笑う。

「おっ、鳥山さん。何をされてるんですか」
 高見沢が立ち止まった。鳥山はカラオケ用のテレビモニターの横に座っている。タブレットをケーブルでモニターにつないでいた。
「よし、いいかな」

【サマスペ! 九州縦断徒歩合宿】

 モニターに文字が大写しになった。その周りに写真が何枚も貼ってある。
「鳥山さん。なんですの、それ」
 次郎も悠介も身を乗り出した。

「記録班としては趣向を凝らしてみましたよっと。ほい、スタート」
「あっ、俺だ」
 モニターに旗を持って走る二村が大写しになる。三日目の松原ダムからスタートした時だ。二村はどこまでも続く湖の上を走っているように見える。

 角度が変わって、二村と追いかける悠介たちの背中が、ぽっかりと暗いトンネルに吸い込まれていく。

「なになに、それ。格好いいじゃん」
 アッコが立ち上がる。悠介も席を立ってモニターのそばに歩いた。
トンネルの闇が徐々に明るくなっていく。やがてそれはリュックが揺れる後ろ姿になった。

 山道を行くメンバーに夏の陽光が降り注ぐ。重そうなリュックを背に、一歩一歩前に進んでいく。
 その前方には巨壁のような阿蘇のカルデラ。

 ぞくぞくしてきた。ヒーリング系の心地よい音楽がバックに流れる。全員が黙ってモニターを眺めた。

 フェードアウトしてシーンが変わる。
 段ボール箱に入れられたケータイ、財布。
 太宰府駅で大梅田の雄叫びに観光客が驚いている。
 必死で走る悠介と、悠介を追いかけるアッコ。一日目だ。

「あれは僕だ」
 道ばたで中坊みたいなライトが旗を振っている。悠介はあの立ちんぼの笑顔で、旗持ちの疲れが吹き飛んだ。

「すごいな、こんなに上手に編集するなんて」
「ってか、チョウさん。そんな暇、いつあったの」

 鳥山はにやにやして何も言わない。その間にも動画と写真が効果的に切り替わっていく。

 ミイラのような雑魚寝風景。
 悠介と斉藤の取っ組み合い。
 こんなところまで撮っていたのか。
 単語カードをめくりながら歩いている高見沢。
 駐車場で死んだように寝ている次郎の腹には『レッツ・ウォーク!』の旗が掛けられている。

 悠介たちは口を開けて映像に見入った。
 なんちゃってシーサイドホテルを前にして、一年生が脱力している。
 溺れかけた柴田が悠介にしがみつく。
 透明な海に浮かぶスイカのビーチボール。

 エプロン姿の岡崎の両手には大盛り焼きそばの皿。
 金色に輝く海に沈んでいく夕陽。

「おお、悠介。俺たちや」
 突然、夜を歩く三人の後ろ姿に変わる。野犬に襲われた後、国道に戻って宿まで歩く悠介と次郎、そして大梅田。

「怖かったなあ」
「よく助かったよなあ」

 悠介はふと我に返った。このとき、鳥山はいなかったはず。女性の声でナレーションが流れた。

「あれっ、チョウさん。これってもしかして……」
「ばれた? それじゃあ登場してもらおうかな」

 鳥山が障子を細めに開けて、外に首を出した。すぐに座敷に顔を戻す。
「はい、みなさん。拍手でお迎えくださーい」

「れっ、玲奈さん」
 次郎の声がひっくり返る。グリーンのワンピースで登場したのは玲奈だった。その後ろからオレンジ色のサングラス。

「みえちゃんさんじゃないですか」
 大梅田にサングラスのおばあさんが手を振る。
「お邪魔するわよ」
 突然のゲストに全員が拍手した。

 玲奈が大梅田に歩み寄る。後ろ手に持っていた花束を差し出した。
「ゴールイン、おめでとうございます」
 目を白黒するゴリラは意外に愛嬌があった。

 鳥山が座布団を二枚用意する。
「まあまあ。それじゃあ玲奈ちゃんもみえちゃんも座ってよ」
「なんや。玲奈ちゃんやと」と次郎。

「さてさて、この映像なんだけど、俺と玲奈ちゃんの共同製作なんだよね」
「チョウさん。それ、どういうことよ」
 鳥山が玲奈に「どうぞ」と促す。

「私、この間みなさんにお会いして感激したんですよ。最初はこの暑いのにばかみたいと思ってたんですけど。あっ、ごめんなさい」
「いえいえ、そりゃそうでしょう」と次郎。

「でも次郎さんと悠介さんが野犬に襲われているのを見た時は、どきどきして心臓が爆発しそうになりました。あんな体験、私も初めてでしたから」
「次郎さんやて」
 嬉しそうにささやく。

「あんなトラブルがあったのに、車で送るって言っても懸命に歩いてましたよね。私、後ろからついていく車の中で、なんだか泣いてしまって」

「日田に帰る車で玲奈が興奮してるんで、驚いちゃったわよ」
 みえちゃんはちゃっかり大梅田の酌でビールを飲んでいる。

「私も何か行動しなくちゃって思ったんです」
 悠介は手を上げた。
「あの映像って車から?」

「そうなの。ドライブレコーダーがついてるのを思い出したんです。はっきり映ってました。昼間、みなさんが歩いているところも、幹事長さんや次郎さん、悠介さんが夜の道を歩いているのも」

「と言うことはこれを編集したのは」
「はい。鳥山さんが撮影した写真と動画を、私のアドレスに送ってもらいました。それにドライブレコーダーの映像を加えて、編集したものなんです」

「驚いたなあ」
「よくできてるよ、これ」
「私、以前からユーチューバーをしていて」
 玲奈が頬に手を当てた。

「ナレーションがまた気が利いてるんや。玲奈さんの声、美しいわあ」
「ああ、それはあたし」
 みえちゃんが笑った。次郎はしらけた顔をする。

「それで今日お邪魔したわけですけど、みなさんにお会いしたかったのもあるんですが、許可をいただきたいことがありまして」
「許可?」
「今、九州観光支援企画が、自治体と旅行会社の合同で準備されているんです」

「ああ、その企画は私も知っているよ。九州を活性化させようっていう大型プロジェクトだね」
 村本がうなずいた。
「熊本はいよいよ災害からの完全復活だな」
 岡崎が遠くを見るような目で言った。

「震災やコロナで減った観光客にまた九州に来てもらうために、驚くような割引やイベントが予定されてるんですけど、そのメインで使われるプロモーション映像をネットで募集しているんです」

「もしかしてこの映像を?」
「はい。私、小国までの映像を編集して事務局に送ってみたんです。事務局は熊本県庁にあるんですけど。そうしたら翌日、電話がかかってきたんですよ。採用するかもしれないから続きもあるなら全部、送ってほしいって」

「へえ、すごいな」
「サマスペのこと、知ってるみたいでした」
 悠介はルフィ像の前で取材を受けたことを思い出した。

「プロモーション映像は元気が出ることがテーマなんです。みなさんの映像は、間違いなく九州の人を元気にしますよ。私がそうでしたから」
「それ、嬉しいっすね。大変な思いして歩いたのが報われます」
 柴田がいつの間にか前に出てきて、優等生コメントをする。

「初めっからインパクトあったしなあ」
 最初のシーンで感動的に映っていた二村は満更でもなさそうだ。
「これを発表したら、みなさんが歩いてきた土地の人たちから、すごい反響があると思うんですよ。私、今から楽しみなんです」

 みんなが頷いている。それぞれに出会った人たちのことを考えているんだろう。
 悠介は初日に泊まった寺の子どもに見せてやりたいと思った。本当に鹿児島まで歩いたと知ったら目をぱちくりするだろう。

 三日目に声を掛けてきたスポーツカーの夫婦も頭に浮かんだ。あの夫婦、悠介たちが鹿児島に着いたかどうか、心配してることだろう。ウインナーのお礼もしたい。

 玲奈がモニターの隣に立った。長い髪が揺れる。
「みなさんの旅は、たくさんの人の心を動かしたと思いますよ」
「うん、その通りだ」
 村本と岡崎が頷く。

「そしてこれを観た人は九州を旅行したくなると思うんです。普通の観光情報はいくらでもあるけど、ここに映っている風景は、それとはまったく違う魅力があります」

「ウォーキング!同好会、サマースペシャルですからね」
 高見沢が眼鏡のつるに手を掛けて言う。
「はい。みなさんは文句なくスペシャルな旅をしたんです」
 悠介はくすぐったくなった。
「それで……正式に応募するには許可を得ないといけないと思って。肖像権とかの問題もありますし」

「ごめんなさいねえ、うちの孫が先走っちゃって」
「いえ。気になさらないでください」
 大梅田がまたビールを注ぐ。みえちゃんが満面の笑みを浮かべた。
「賞金が五十万円だから、折半でどうかしらね」
 二村が「五十万円?」と膝を前ににじらせた。
「おばあちゃん、そんな気が早いこと――」

 大梅田が両手を上げる。
「お金なんかどうでもいいです。僕らのサマスペが九州のために役立つなら、なによりですよ」

「玲奈さん。この映像、貸してもらえませんか」
 水戸が言った。髭を剃って熊から人間に戻っている。
「梅、大学に見せてやろう。二度と中止なんて言い出さないように」
「ああ、そうだな。いい説得材料になるな」

 正副幹事長には大学に報告に行く仕事が待っている。
「いいですか、玲奈さん」
「もちろんです。みなさんのものなんですから」

 村本が「うーん」とうなった。
「これ、うちの中学の子どもたちに見せてやりたい。きっと何かを感じると思う」

 ビデオ画面は旧阿蘇大橋遺構に変わっていた。立ちすくんで遺構を眺めている背中は柴田と二村だ。
 シーンが切り替わり、新しく架けられた新阿蘇大橋の映像が流れていく。

 そして熊本県庁でルフィと並んで撮った写真は全員が後ろ向きで、ルフィと同じように片方の拳を突き上げていた。ワンピースの名シーンだ。

「採用されるといいなあ」
 岡崎がしみじみと言う。
「玲奈さんだっけか。立派なドキュメンタリーになってるよ」
 玲奈がほほ笑んだ。
「ありがとうございます。私、将来こういう仕事がやりたいんです」

 鳥山がぱんぱんと手をたたいた。
「さあ、話もまとまったみたいだから宴会に戻ろうか。玲奈ちゃんたちも料理、食べてってよ」

 仲居さんがお膳を二つ用意してくれていた。
「うれしい。私、鹿児島に来たの初めてなんです」
 鳥山さんが「さあさあ」と玲奈の手を引いて連れて行く。

「次郎、行け」
「おう」
 気張れよ、次郎。チョウさんに負けるな。

「なんだかなあ」
 ライトが隣で首をひねっている。
「どうかしたか、ライト」
「僕はあんまりサマスペが有名になってほしくないなあ」
「なんで?」

 ライトは玲奈の方を眺めた。
「復興支援とかさ、そんな真面目に紹介されると、めちゃくちゃできないじゃん」
 笑ってしまった。

「そうだよな。無茶で行き当たりばったりなのが、サマスペだもんな」
「うん。来年の新人がさ、こんなきれいに編集されたビデオを観て、目を輝かせて参加してきたら嫌だよね。サマスペはどっか得体の知れないイベントじゃないと」
「そうそう。テキトーでうさん臭くないと駄目だよな」

 モニターの画面では由里が真っすぐ前を見て走っている。これはどこだろうか。
 上から見下ろすような角度で撮っていた。人吉ループ橋に向かうところだ。マラソンランナーばりの無駄のないフォームに見惚れてしまう。

「由里。陸上部に復帰するなら、また応援するよ」
 アッコが言った。
「ありがとう。でも、それよりやりたいことがあるんだ」

「あっ、やだ。なによこれ」
 アッコが声を上げた。掃き清められた庭がモニターに映った。池には錦鯉が泳いでいて、赤い橋のたもとに小さな亀。
「お寺の振りした旅館の庭だ」
 今となっては悠介には懐かしい。

「なんだ、アッコ。これが幻の宿か。いいところじゃないか。泊まってみたかったな」
 水戸にからかわれて、アッコは「むうっ」と頬を膨らませる。

「ただいま戻りましたよっと」
 次郎が横に座った。
「もういいのか、次郎」
「なんや、幹事長に取材らしくてな。後でもう一度行くわ」

 玲奈は幹事長と話し込んでいる。
「取材ってどんな」
 アッコが興味津々の体で訊いた。
「いろいろ質問してましたけど。サマスペって、どんな時が一番うれしいですか、とか」

「へえ。梅さん、なんて答えてた」
「一年生が初めてのサマスペで、頼もしく変わっていくのを見た時かなって」
 悠介は黙って頷いた。

 次郎はモニターを見上げる。
「あん時はさんざんやったなあ」
 叩きつけるような水の幕が映っている。ゲリラ豪雨だ。
 避難した倉庫から撮っているらしい。その幕を破って、アッコ、大梅田、次郎、そして悠介が飛び込んでくる。

「すごい迫力。あたしたち、こんな冒険映画みたいなこと、してたんだね」
「そう言えば、人吉の泊まりのことやけど」
「文句あるの、次郎」
「もしもテントなしで野宿してて、あのスコールが降ったら、悲惨だったやろなあ」

 悠介とアッコは、無言で片手を上げてハイタッチした。人吉市役所で悠介は生まれて初めて土下座をした。遠い昔のことのようだ。

 映像は豪雨が上がった後の、天使のはしごに変わる。
「たまらんなあ、この景色。スマホの待ち受けにしたいわ」
「こんなの、サマスペじゃなきゃ見れないよね」
 アッコがため息をつく。

「おい、悠介、あれ」
 モニターが九州の地図を映していた。太宰府から城山まで、くねくねと曲がった太い線でつながっている。
「あの線、俺たちの歩いたコースやな」
「あんな地図までつくってくれたんだ」

 地図をバックにして、下から文字が上がってくる。
『ウォーキング!同好会 サマースペシャル2022 九州縦断徒歩合宿』
「おっ、なんか映画みたいや」

『参加者氏名』
『三年生 幹事長 大梅田真』

「へえ、俺たちの名前だ。ほんとにエンドロールだよ、これ」
 全員の名前が一人ずつゆっくりとモニターを上がっていく。

『一年生 荒木涼』
「おっ、涼の名前もあるやないか。粋なはからいやな、鳥山さん」
「涼は母親を説得して抗議を取り下げさせたんだ。名前があって当然だよ」

「涼の処分だがな」
 大梅田が戻ってきて胡座をかいた。
「本来なら退会処分なんだが、俺たちはもう引退だ。次の代の幹事会で決めてくれ」
 大梅田は肩の荷を下ろしたようなすっきりした顔をしていた。群れを安全な森林に導いたボスゴリラのようだ。

 由里が「斉藤君」と声を掛ける。
「私も次の幹事長選挙に立候補するからよろしく」
「ええっ」
 水戸が「ほう、出馬宣言か」と笑う。
「幹事長になって、次のサマスペの企画をしたいんです」

「そっか。お父さんのやったことだもんね。じゃあ、あたしは全力で応援する。高校の時みたいに」
 アッコが腕まくりをしてみせる。
「うーん、強力タッグだなあ」
 斉藤は顔をしかめる。はらはらと毛が落ちそうだ。

 ライトが「由里さん、質問」と手を上げる。
「由里さんが幹事長になったら、サマスペが安全なレクリエーションっぽくなりませんか」

 由里はいたずらっぽく笑う。
「ううん、全然。もっとね、闇鍋みたいな感じにするかも」
「へえ、それ面白そう。僕もアイディア出していいですか」
 ライトが由里の近くに座った。

 ヤミナベ? 盛り上がる二人を見て悠介は不安になる。これ以上、やばくしなくてもいいんだけどな。

「うちの同好会に女子の幹事長か」 
 キビナゴを口にくわえた岡崎が、焼酎を村本の持つコップに注ぐ。
「時代の流れですよ。それに平野幹事長の娘ならいいじゃないですか」

 モニターには悠介の名前が上がってきた。全員の名前の下に止まる。

『若山悠介』

 そして画面一杯にアルファベットが浮かび上がった。

Fin



いいなと思ったら応援しよう!