コロナにつける薬 vol.7 俳優修業
さて、アドベント的に今年を振り返る記事を毎日上げるという試み、すでに一日ビハインドですが気にしないで書いていきます。
コロナ禍で、公演がすべて中止になってしまったとき、それでも芝居を続けることができたのは、俳優修業のおかげである。
ヘッダーにこんな写真をあげると、この人はいまさらこの古い書籍でスタニスラフスキーを語るつもりかと心配されるかもしれないが、本はあくまでヘッダーとして使用させてもらっただけで、今行っているレッスンは基本的にはすべて実践である。
なぜ、いまメソード演技をやるのかというところは今回は書かない。長くなるからだ。私が昔から苦手にしている「エチュード」について簡潔に覚書をしておく。
「エチュード」とは「課題」を与えられてその場で短い演技をすることで、俳優の訓練の中ではもっともよくつかわれている手法だろう。しかしこれはともすると即興的に観ている人に「面白い」ものを提示して、好反応を得られればOK、という風に考えてしまいがちである。メソードのエチュードは俳優の訓練という明確な目的をもって行うので、そこで笑いがとれるかどうかは大事ではない。大事なのはあくまで「課題にそった演技」ができているかだ。
以下は自分のための覚書である。
1:課題はなにか
2:自分はだれか
3:どうしてそこにいるのか
4:そこに来る前に何があったか
ということをエチュードが始まる前に準備する。準備ができたら、真顔ではじめる。用意したものをきちんとその場に提示していく。その瞬間瞬間で思考を働かせる。目の前に見えるものと思考に集中する。
こう書くと、いとも当たり前で簡単そうに思えるのだが、それは普段の生活がそうだからである。舞台の上で、同じことをやろうとすると、人は不思議とそれがなかなかできない。そこに生きることができない。あたりまえだ、そこは自分の生活とは似て非なる場所、生と死のあわいだから。