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ある手巻き時計のこと


短くはないけれど、さほど長くもないと当時は思っていた踊り子稼業に一区切りをつけたのは五年前。(しっかり離れたのは一年くらいで、このニ年は流れのままにじわじわ稼働し、五年の月日がプラスされると干支もひとつまわって少し長さを感じるようになりました。)

踊り子デビューよりかは少し前にはじめ、どちらも仕事になってきた時期は同じで、それでも描いて下さる方のお陰でずっと細々と続けてこれた美術モデルの仕事に本腰を入れようと、都内にある事務所へ訪れた帰りのことでした。

その帰り道、いつも気にはなりはするものの、また今度の機会に入ってみようと思いがちな、目の前の古道具屋に足が向かった。

なんとなくおしゃれな時計があったら欲しいなという明確な目的はたしかあったと思う。

もともとありとあらゆる新品から中古のガラクタを商店で漁り、購入し、部屋の中に囲まれる行為におもりされて育ち、今もその習慣の抜けない私には一瞬でゾーンに入ってしまうようなたのしい店でした。

ショルダーバッグや革靴、コップなど大量のアイテムがたくさんの種類を揃えている。時代、国、かたちが様々だったりするともう頭がバグり、気になるものを遠慮がちとみせかけながらも、かたっぱしから値段の札をスピーディーにめくる妖怪に化してしまう。そしてアンティーク時計と言っても、機能はバラバラでやっぱりひとめみてすごくいいなと思うような古くてもメンテナンスが行き届いて、文字盤やかたちが洒落ているものはだいぶ予算オーバーだった。

もうこうなってくると試しにひとつ買ってしまいたい気持ちになっていて、手にとり、上下裏表とひととおり観察し、感触がよいものが三つくらいに絞れてくる。探しはじめていた時のことの詳細は随分と忘れてしまっているけれど、最終候補に絞る頃には手巻き時計に決めていて、大きいのと小さいので、国産かドイツ産で迷っていたような覚えがある。

結局、値段が真ん中くらいのドイツ産の一番小さめな手巻き時計を購入。

飽きずに巻いてはあちこち卓や棚上にぴょんっと置いて満足しては、写真をパシャっとしてみたり、たまに目覚まし機能も使ってみたり一年くらいは楽しんでいましたが、最近では私の記録画像から、きっと誰からも気付かれないうちに見かけなくなっていました。

それもそうと壊れてしまったのです。

那覇、道後、長岡…などあちこち旅しごとで連泊する際に、今となれば油断して持ち歩いていたのですが、なんとなく巻きを使い終えて針が止まった状態ならば少々手荒な移動も大丈夫かなと、最初は持ち帰る陶器と同じように手荷物に紛れさせ、目の触れるところで抱えていましたが、いつしかおそらくタオルに巻いて飛行機の預け荷物に入れてしまったのが原因か、巻けば10分やそこら少しだけ動くけどすぐ止まるようになってしまった。

修理を熱心に探していた時期もあったのですが、飛び込みや調べて行った先々で難航してしまい、これもいつかいつかと思いながらすっかり置きものとなって随分年月が経ってしまったのです。

昨年の暮れに、三週間弱の旅しごと準備をしているとき、ふと棚の上に置かれ時が止まったままの手巻き時計が目に入り、なんとなく動かないのは分かりきってましたが、楽屋で時間のある時に少し触ってみようと思いたち、プチプチと手拭いタオルに包み、手持ちの袋にひそませて出掛けました。


自分で久しぶりに、さらに壊さないよう慎重に動作を確認していたら、わぁ!奇跡直った!なんてことは起こらないなりにも、時計を巻いていた当時のことを思い出し、愛着もすぐさま蘇ってくるのでした。

滞在近くで修理をしてくれるところはないかなと検索すると、どうやらよさそうなところを発見。

だめでもともとと思いながら向かったのが、十二月の暮れのことでした。

時計の町医者さんみたいな方が、ひととおりみて下さって出された見積や条件、決め手となったのはやりとりや会話の切れ端に、一番に時計のことも時計を使うわたしにもちょっとした気遣いや配慮が含まれていることでした。

旅先だったし、正確な受け取り日はなかったし、普段は疑心暗鬼な私にはだいぶ珍しいことでしたが、何だかきっとうまくゆくだろうと緩やかな気持ちで時計を預けました。(ありがたいことにまさかの成功報酬というのも気が楽な要因になりました。)

年を跨ぎ、忘れたりする訳でもなく、あまり時計のことを深くは考える訳でもなく過ごしていたら、数日前に時計の修理が完了した知らせが来た。

到着するや否や、大量の荷物を楽屋に下ろして時計を迎えに行く。

引き渡して貰う時にも、使い方の説明を再び教えてもらい、'衝撃には弱いので'という注意を受けながら箱に入れてもらい、もう油断はするまいと肝に銘じるのです。


実はもうひとつ時が止まってしまっている手巻き時計があるのです。

骨董市やボロ市に気軽に行ける頃が懐かしいですが、骨董市でわりと一目惚れした確かベルギー産のちょっと古い手巻き時計は高くもなく篦棒に安くもなく。ジャンクとして置いているだけでもかわいいけど、修理してみようかなという気に少しなりつつあります。



夜、静かな寝床で猫の鼓動よりもちょっとはやく忙しないような、時を刻むカッチカチカツカツカツカツ…の音が、案外眠りを誘ってくれるものです。


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