【口紅】
お化粧品の中で、いちばん口紅が好きだ。
唇に色を乗せるだけに存在する、手のひらに収まるあの形が、たまらなく美しいと思う。
赤にピンク、オレンジにブラウン。
コスメカウンターに行くと、所狭しと並ぶ僅かな色味の差の海に、圧倒される。
潤いを与える瑞々しい質感のものは、唇に蜂蜜が広がったみたいな心地がするし、ベルベットみたいなこっくりマットな質感のものは、唇に引くとチョコレートみたいな感触がする。なめらかで淡くシアーなものは、薄い花びらが描けそうな繊細さをしている。
ラメやパールが混ざっていて煌びやかなものもあるし、思わず引き込まれる鮮やかでくっきりした色のものもある。
質感や色味が何通りも組み合わさって、これらすべてが唇に色を与えるために生まれたことを、私は大変愛おしく思ってしまう。
そしてその中から、自分に似合う色や、身につけたい色を見繕うのかと思うと、とてもドキドキとする。
幼い頃、おとなの女のひとがするお化粧と言ったら、いちばんに口紅のことを頭に浮かべていた。憧れだったのだ。
今でも唇に色を乗せると、シャンと背伸びをしたような気持ちになる。
「おとなの女」というものを、自分に纏わせるような心地。
バッグに一本忍ばせておくと、私はいつでもこの素敵な色を唇に纏える状態にあるのよ、と思えるので、お守りのように朝ひとつバッグに口紅を放り込む。
つけようと思えば幾つでも理由はあるけれど、私は口紅が好きだ。
残念ながらマスクをすることが日常になって、気軽に口紅を差せなくなってしまったが、最近はマスクにつかないものが増え始めて(すばらしい企業努力を感じています)こっそり誰も見えないマスクの内側に色を仕込むのが、今の日常における楽しみである。
2021.03
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