【いちごタルト】
近年、苺の色が鮮やかになったような気がする。
鮮やかになっただけでなく、甘くなった。
私が子どものころに食べていた苺はもっと色が薄く、酸っぱかったように思う。だから幼いころのわたしは苺を潰して、牛乳と白砂糖をかけて、うつわの中でかき混ぜてよく食べた。
苺というものそれ自体が、赤々として甘みが増していくにつれて、砂糖を混ぜる習慣が無くなった。それを裏付けるように、いちごを潰すためのスプーンを見なくなったように思う。スプーンとフォークの間の子のような、苺を潰すためだけのスプーンを。
そんな色が薄くて酸っぱいころの、苺の話をしようと思う。
私が小学生の頃、母は近所のケーキ屋でパートをしており、店の残りのケーキを持って帰ってくることが多かった。その箱の中にいちごタルトが度々入っており、私はおやつにいちごタルトが並ぶと嬉しかった。
いちごタルトの上には、真っ赤なゼリーが掛かっていた。
薄くて硬いタルト生地の上に、カスタードクリームが乗っていて、半分に切ったいちごが敷き詰められている。その上に、全体を覆うように真っ赤なゼリー。その艶のあるゼリーのおかげで、いちごタルトは美しくてキラキラした、赤い宝石のような見た目をしていた。
苺の上にかかった透明な赤いゼリーはほの甘くて、苺の邪魔もしないけど、なにか感慨が残るでもない、おまけのような味がした。
赤いゼリーを剥がすと、うすぼけた色の苺が鎮座していて、お化粧を落とした後のような、「他人が見られたくないと思っていそうなもの」を見てしまったような、そういう後ろめたい気持ちにさせられた。
ゼリーの下から苺だけを剥がして食べると、大体は酸っぱかった。
美しい赤い色をした苺だけで彩られたいちごタルトを見ると、あのやけに赤いゼリーと、薄ら白い苺のことを思い出す。
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