本を読んだら 『異邦人のロンドン』
1.大型書店での出会い
前回https://note.com/a_o2a_o/n/n541a9685dbff?sub_rt=share_b
の冒頭で書いたことと矛盾するようだけれど、チェーン展開の大型書店に行くのも好きだ。平積みされた新刊、ジャンルごとのおすすめ本、思いがけない本との出会い。
私が一番よく行く書店チェーンでは、書評コーナーに力を入れている。新刊コーナーでは見つけられなかったけれど、書評コーナーにあったということもざらにある。
ただ、どの店舗も共通して書評コーナーを置いているとはいえど、そのレイアウトや、周りの棚の配置は店舗によって違う。
私が一番好きな店舗では、入ってすぐに書評コーナーがあり、その前に人文書のセレクトコーナーがある。それらの中から思いがけない本を見つけることには、特別な喜びがあるように思う。
2.『異邦人のロンドン』
https://www.shueisha.co.jp/books/items/contents.html?isbn=978-4-7976-7435-4
『異邦人のロンドン』園部哲著、集英社インターナショナル刊。
【読むのにかかった時間】数日
【再読するか】イギリスに行くことがあったら持って行って、飛行機の中で読みたい
【勧める人】海外での生活に関心がある人、イギリス社会について知りたい人、移民について考えたい人
この本はたしか、『移民の子どもの隣に座る』と並んでいて、迷って『異邦人のロンドン』を選んだのだった。前述の大型書店の、人文書セレクトコーナーにあった。
著者は三井物産在籍中にロンドンに駐在し、結婚後お子さんが2歳の時に、ロンドンへ移住した。ロンドン滞在歴は通算30年。朝日新聞のGLOBE連載「世界の書店から」英国文を担当されている、翻訳者。
ロンドン駐在時、自宅の近所の駐車場で、空から落ちてきた遺体が見つかった。ミステリーではない。飛行機の車輪格納部に隠れて密航しようとしたアフリカやパキスタンなどの人たちが、機体の上昇による急激な気温低下に意識を失ってしまい、着陸に向けて車輪が出る時にそのまま落ちてしまうのだ。あるいは、上空で凍死してしまう。
あまりにも危険な賭けであることは明白なのに、2年に1回ほどのペースでそうしたロンドンへの密航が試みられてきた。
あるいは、返還前の香港に暮らしていた中国人の家族が、旅行で訪れたロンドンへの移住を決断する。アメリカからの移住者は、同様にロンドンへの旅行中に移住を決断、父親が退職金の確保に奔走する。
着の身着のままと言ってもよいような移住を決断する移民にとって、ロンドンがどんな魅力的な街なのかは、あまり描かれていない。
かわりに、著者の周囲の人々が丁寧に描かれる。変わったおばあさん。著者のお子さんの習い事の先生夫妻との長年にわたる交流。夜の庭で、男性どうし、女性どうしに分かれた友人たちがぼそぼそと会話する。
ときに強烈な冗談が、会話でも地の文でも差し挟まれるが、もしかしたらそのくらいのユーモアが、移民としてロンドンで生きて行くには必要不可欠なのかもしれないと思う。
コロナ禍でロックダウンが発令され、病院の面会は同居家族のみとされた規制や、友人宅の前の道に椅子を置いて庭越しに友人と会話する隣人らの様子、規制が緩和されて一家族のみなら他の家を訪問してもよいとされ、いそいそと友人宅を訪問する人々の姿などが、とても生き生きと伝わってくる。
日本で暮らす移民にとってコロナ禍はどうだっただろうか?在日の幼稚園児にマスクを配らず、抗議を受けて撤回した自治体もあったくらいだ。労働力として日本に来ている、あるいは就労時間等の枠内で飲食店などで働いていた移民にとって、情報や医療、支援はどのくらい行き渡っていたのだろう。
今、その状況は改善されているのだろうか?
日本での移民政策には全く触れられていないし、EU離脱の投票直後にヘイトクライムが激増したことなど、イギリス社会での出来事について描かれているのに、それでも移民が集まり、定住を決めるイギリスには、ロンドンには何があるのだろう、それは日本にはないものなのか、これから日本が移民社会として成熟していくことはできるのか?と、様々なことを考えさせられる。
最初の章では13件のうちの1件だった死者が、別のジャーナリストの取材によって顔と名前、家族を持つ若者だったことが明らかになる最終章。著者は彼をロンドンの墓地に訪ねる。小さな十字架が悼む死。世界が誰にとっても安全で、命を賭けて今いる場所を脱出しなくても安心して生きていける場所になることを、願わずにはいられない。