見出し画像

布教したい手塚治虫③「ハトよ天まで」

昔から神話とか民話とか童話が好きです。

少し不思議だったり、発想も突飛だったり、それでいてその国の大切にしているものや考え方の背景が感じられたりしてさまざまな国の神話や民話に興味があります。

日本の神話が記されている古事記によれば、神様同士が結婚して生まれた子どもが日本列島であったり、北欧神話では神様は海や空から来るものではなく、人間と同じ世界に住んでいたり、神様というものの捉え方も様々です。

それ以外にも、漫画の設定の中に出てくるような元ネタの神話や民話に気づいて、誰に言うでもなく「なるほどね」と自分の中で考察したり納得したりして楽しんでいます。

今回お話ししたい手塚治虫作品は、日本昔ばなしのような雰囲気を携えた少し不思議な物語です。

あらすじ

幼い頃に両親を失った双子の少年・タカ丸とハト丸。侍になるため村を出て都を目指したタカ丸と、村八分になりながら村にとどまったハト丸は、それぞれ別の人生を歩む。やがて再会した2人は、対決へと導かれることとなる。漫画と絵物語の両方の形式で描かれた民話調物語。「サンケイ新聞」1964年11月11日号から1967年1月22日号にかけて掲載された作品。

マンガぺディアより

民話"調"物語。
この作品以外で聞いたことのない表現ではないでしょうか。

主人公の双子の少年たちであるタカ丸とハト丸を育てたのは大蛇の妖怪・立田姫。
彼らの暮らす村は、天狗とアビルという妖怪が対立しているとばっちりで、天候が安定せず作物も育ちにくく貧しい土地。

やがて村を出て武家となる兄タカ丸と、農民として奮闘するハト丸。
そんな彼らを取り巻くキツネとタヌキ(もちろん妖術が使えるタイプ)。
カラス天狗やカッパもそれぞれのボス妖怪の手先として登場します。

こんなに一つの作品に色々な要素を詰め込むこともあまりないかもしれないですが、日本昔ばなしでよく見るキャラクターや背景の設定です。

今更ながらびっくりしたのですが、この作品、60年も前の作品なのです。

対立する妖怪の争いに巻き込まれる主人公達。
血の繋がらない親子の絆。
妖怪に立ち向かう農民達の奮闘。
妖怪退治をするための冒険。
武家と農民の対比。
それに伴う政治的な争い。
武家社会のいざこざ。
武家と農民で大きく分かれた兄弟の運命。

これらの要素が物語を通じて幾重にも重なって進んでいくのですが、ここにさらにSF要素が入ってくるのが手塚流。

60年前の時点で、民話のようでありながら「めでたしめでたし」で終わらせないこんな発想があったことが驚きですし、職業身分によって生じる不満や対立など、今の社会と照らし合わせても変わらない構図が描かれているのもまた驚きです。

「ハトよ天まで」のここが好き

民話"調"と言わせる要因の一つに佐々木大二郎というキャラクターの存在があります。

この男がまぁ不気味。突然出てきて、強いだけじゃなく、利己的で頭の回転も早く、妖怪に怯まない。
どこから来たのか。何をしていたのか。
手は貸してくれるものの、味方か敵かもわからない謎に包まれたキャラクターです。

こんなにも民話的な背景で進んでいくにも関わらず、昔ばなしの登場人物としてくくるにはどうも現代的で明らかに浮いています。

最終的に彼が何者なのか作中で明かされて、その違和感の正体に通じてきます。

このキャラの登場によって、民話風な物語に違和感が生まれてどうなっていくのか続きが気になってしまいます。

もっと特徴的なのは漫画自体の表現です。

「むかしむかし…」といった地の文や状況説明が小説のように書かれ、漫画という形をとりながら挿絵のように漫画が使われるという斬新な表現で物語が進んでいきます。

本来ならコマや説明の吹き出しがあるべきところに、小説のようにつらつらと文字が並ぶ不思議なレイアウト。

漫画というには少し敬遠されてしまうような文字の多さかもしれないですが、個人的な感覚として挿絵の多い児童文学が最も近いのではないかと感じています。

漫画なのに、自分の頭の中に絵が浮かぶ不思議な体験。

例えば、妖怪が闘う見せ場にもなり得るシーンでも、絵になっているのは一コマだけで細かな説明や繰り出される妖術は文章で書かれていたりします。

繰り返すようですが、60年前にこんな表現を思いついたとは。

その表現方法も面白くて私は好きです。

最後に

決してアトムやブラックジャックのように主人公の魅力が強い作品ではありません。

どちらかと言えば「火の鳥」のように物語を読み進めながら「生きていくこと」「人間の弱さ」「人間の浅ましさ」をじんわりと感じるような、そんな作品です。

「火の鳥」のずっと前から手塚治虫の中に「人間が生きていくこと」をテーマとして読者に届けようとしていることを感じられるので、少しでも気になってもらえたら嬉しいです。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集