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シロクマ文芸部 「北風と」
北風と曇り空のせいで、私の気持ちは沈んでいく。
せっかく川沿いにあるお洒落なカフェに入ったのに、窓からは枯葉のぶら下がった頼りない桜の木と、灰色に染まった寂しい遊歩道だけが見えていた。
子供の頃から、この季節をとても悲しく感じていた。もう少しでクリスマスが来るなんて信じられなくて、本当はもうこのまま今年が終わってしまうのではないかと不安だった。公園から帰る頃にはすっかり暗くなった家路を辿りながら、みんなで一斉にバイバイしたはずなのに、私だけが置き去りにされたような気持ちになっていた。
車が脇を通り過ぎると私の小さな身体は冷たい風に晒され、ヘッドライトの光は置き去りにされた私を浮き彫りにするようだった。家にたどり着いた頃にはもうほとんど泣いている状態で、玄関を開けてくれた母親に泣き顔を見せないように飛びついた。
こうして大人になってもあの頃の感覚は消えることがなくて、北風によってカフェの窓がカタカタと揺れるたび、窓の隙間から冷たい空気と一緒に底知れない不安が忍び寄って来る。
未だに消えない後悔も、いつの間にか忘れてしまった決意も、果たせないままの約束も、ずっと遠くへ追いやっていたはずの想いが渦となって迫り上がる。
窓の外に広がる灰色の景色を見て、私は世界に置き去りにされたのかもしれないと思った。
目を閉じて小さな深呼吸を繰り返す。大丈夫だと何度も自分に言い聞かせる。
子供みたいに泣き出しそうな自分をそうやって必死に落ち着かせていたら、店員の明るい声と共に洸平が店内に入って来た。
店員に案内されテーブルにやって来た洸平は私の向かいに座っても、「ひょっとして結構待った?」とか、「今日はめっちゃ寒いね」とかそんなことは決して言わない。こんな時、洸平は何も言わずただ笑いかけてくれる。
それは太陽のような満面の笑みではなくて、月明かりのように静かで優しい笑顔だ。私を救い上げるのではなくて、深く沈んだ私にそっと寄り添ってくれる。この人は決して私を置き去りにはしないと安心する。
私はトイレを確認する振りをして顔を背けると、洸平に気づかれないように涙を拭った。
「ねぇ、見て。あそこに変な格好したおじさんが歩いてるよ」
洸平はメニュー表で顔の半分を隠しながら窓の外を見ている。
窓はもうカタカタと音を立てることはなく、私は大胆にも窓の外に向かって身を乗り出した。