見出し画像

毎週ショートショートお題 「逢いたい菜」


 稲刈りの終わった水田に咲き誇る菜の花。
 視界の全てを黄色に埋め尽くされた私は、感嘆のため息を漏らした。

 中学生の頃、今日が私の誕生日だと知ったあの人は放課後に自転車で現われた。

「いいとこに連れてってやるから後ろに乗れよ」

 そう言って私を自転車の荷台に乗せると、あの人は冷かす他の生徒の間を颯爽とすり抜けて行った。

「今からいいって言うまで目を瞑ってて、絶対開けるなよ!」

 こんな何もない地元を自転車で、私は一体どこまで連れて行かれるんだろうと考えたまま目を瞑り、あの人に捕まる腕に力を込めた。
 それでも15分ほど走ったところで自転車は速度を緩めて止まり、「右側を見ながら目を開けていいよ」とあの人は言った。

 目の前には見覚えのある地元の景色と、菜の花が水田一面を埋め尽くす見たことのない光景が広がっていた。

「凄いだろ?俺もこの前見つけてさ、きっとこの時期だけだから誰かに見せてやりたいって思ってたんだ」

 屈託なく笑う姿はまるで産まれたての優しさみたいで、私のその後の人生において、美しさや、優しさというものに純然たる基準をつくり上げた。
 素晴らしいギフトを私に与えてくれたあの人が、どんな素敵な大人になっているのか、あの黄色い花畑を見ると今でもそんな気持ちになる。
 私は思い出の菜の花を、そっと願いを込めて「逢いたい菜」と呼んでいる。


いいなと思ったら応援しよう!