「外野という未知の領域」
小学生の頃からサッカー部に所属して、野球は父親がテレビの前で缶ビール片手に観戦するものだと思っていた。
しかし大人になるにつれ、知り合いや先輩などから野球を見に行こうと誘われる機会が増え、実際に球場まで足を運びビール片手に応援したりしている。
応援するチームは誘ってくれた人によって変わるのだが、選手達の迫力あるプレーや客席の熱気、球場グルメの豊富さや、ビールサーバーを背負い走り回る売り子の脚力に至るまで、野球観戦という新鮮な魅力に毎回驚かされている。
先日はついに初めて外野席での野球観戦をすることになった。
もちろん僕は球場に行くまで外野席がどんなものかを全く理解しておらず、「今回は外野やからいつもと雰囲気がちょっと違うぞ」ということだけしか聞かされていなかった。
実際に指定された外野席に向かうと、まだ試合開始まで1時間近くあるのだがいつもとは少し客席のボルテージが違っていた。
大きな旗を無心に振り続ける人もいればう、るさく太鼓を打ち鳴らす者、そのリズムに合わせて大声を張り上げる者達までいる。
着ているレプリカユニフォームには自らワッペンや刺繍を施している人が多く、会社帰りのサラリーマングループや、野球デートを楽しむようなカップルの姿は見受けられない。
ここにいる者達は野球の為に会社を休んで挑んでいるか、しゃがれ声を張り上げ仲間達と応援する彼氏の姿を、一席後ろから見守る為にやって来た女達ばかりではないだろうかと思ってしまう光景だった。
「すいません、すいません」と周りに声をかけながら僕の隣の席に向かってくる男に関しては、試合に出場しないのにもかかわらず頭のてっぺんから足の先まで選手と全く同じ格好をしていた。
選手の紹介が始まると全員が総立ちになり、大声を出しながら選手それぞれのコールで盛り上げていく。
僕も一応は参加してみるのだが、まだ気恥ずかしさがあり声を出すことはできなかった。試合が始まれば応援チームの攻撃中は常に立った状態で声援を送り、試合が見えないので僕も必然的に立ち上がる格好となり、優しめの拍手のみでの応援に参加させてもらった。
遅れを取るまいと応援の音に反応しすぎて、「いや相手チームの応援に参加してもうてるから」と知り合いに注意を受けたりもした。
圧倒される感覚はあるものの、概ねはチームの為の応援でありその場にいて不快に思うことはなかった。
一組の応援グループがコールに合わせてけたたましく指笛を鳴らして、耳に響いてうるさいなぁとは思っていたが、まぁこれくらいのやかましさは当たり前のことなのだろうと気にしないよう努めていた。
試合が6回を迎えた頃に、僕の隣に座る全身選手と同じ格好をした男が声をかけてきた。
「隣ちょっとうるさくないですか?」
僕は突然話しかけられたので、隣というのがどこを指しているのかが分からず「どれですかね?」聞き返すと、全身選手と同じ格好をした男は、指笛を鳴らす集団の方を指差した。
「ほらあのやたらと指笛を鳴らしてるグループです。うるさくて結構耳押さえてる人達も多くて迷惑がってるのに、ああいうのってチームを応援するファンとしてどうなんですかね?」
全身選手と同じ格好をするほどの常連ファンが不快に思うのだからやっぱりそうなのだと安心して、「確かにずっとうるさいですよね、気になってました」と僕は返事をした。それから注意して周りを見てみると、やはり指笛が鳴らされる度に耳を押さえたり、そのグループの方を睨みつけてる観客が何組も存在した。
チームの為の応援と言えど、熱狂の中にもやはり他人のこと考えたマナーは必要なのだと実感したし、全身選手と同じ格好をした男の姿を目の当たりにした瞬間に、少し変な奴かもしれないと思った自分にも反省をした。
いよいよ9回最後の攻撃となり、この点差で逆転はちょっと厳しいものの、何とかファンが一つになって勝利の為の応援をと思った矢先、隣の全身選手と同じ格好をした男が、トートバックに応援グッズをまとめ始めた。
えっ?うそやろ…と思ったが、席を立った男がそのまま帰ってくることはなかった。
「そういうのって、全身選手と同じ格好をしてまで応援するファンとしてはどうなんやろう…」と、僕はちっちゃくタオルを回しながら思っていた。