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毎週ショートショート 「忘年怪異」


「おい、いい加減に起きろよ。もうみんな帰っちまったぞ」

 気づけば居酒屋の座敷には、洋一の他に誰もいなかった。

「えらく飲んでたな、なんか嫌なことでもあったのか?」

「昨日今日に何かあった訳ではないよ、ただ今年は大変なことばかりでしんどくてさ、ぜ〜んぶ忘れちまいたい気分だった」

「忘れてどーすんだよ」

  洋一はグラスを傾けながら笑った。

「全部忘れて、それで来年から勝手に何かが変わってくれるのか?そんな都合よくねーだろ。辛くてもせっかく経験したんなら、それを糧にお前が来年をいい年に変えてやれよ」

「そうやって強く居れたらって俺も思うよ。でも俺はもうそんな風に強く自分を信じられない」

「それでも俺は信じてるよ。お前が諦めても、俺はお前を諦めずに信じてる」

 駅員の声で目を覚ました。

「もう閉めるんで早く出て下さい!」

 ベンチで眠る男に駅員はもう一度声をかけ、隣の俺には気付かずにその場を離れた。男のスマホを覗くと、12月28日に日付を変えたばかりだった。
 全てを忘れて、今はもう何も思い出せない。ただ洋一の声とその言葉が、こうして俺を何度も眠りから覚まし続ける。

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