
Photo by
tibihime
シロクマ文芸部 「冬の夜」
冬の夜道を歩いている。
もう人影のなくなった駅前を過ぎて、すっかり黄金色の葉を落とした銀杏並木を通り抜ける。高い空にはとっぷりとした月が浮かんでいて、この現状を哀しいと感じるべきなのか、美しいと思うべきなのかよく分からない気持ちになる。
そして少し君のことを思い出してしまう。
君は僕の隣を歩きながら、まるで空に放つように白い息を吐いていた。冷たい風が頬に当たる度に冷めていく酔いの中で、このまま醒めずにいて欲しいと思っていた。「冷たくなってる」と君は僕の手を握って、僕はその温もりを感じながらずっとこの道が続けばいいと願っていた。
またどこかで君と出会えるなんて思っていないし、こうして君が僕を思い出す夜なんてないだろうけど、もしあの時、僕が君の手を離さなければ何かが変わっていたのかな。
二人の帰り道が別れるあの橋の上で、僕は自分の方が傷ついてしまうのが怖くて、君の手を簡単に離してしまった。君が見せてくれた笑顔に勝手に救われた気分になっていた。
君の手を離さずにいられたら、君を抱き寄せるくらいの強さが僕にあれば、そんなどうしようもないことを今でもぼんやり考えている。
冷たい風がチリチリとした痛みを僕に運んでくる。
君を真似て空に放つように白い息を吐いてみたけれど、僕の吐いた息は空に上がることなくすぐに消えた。