「雨模様」
私は意外と雨が好きだ。
もちろんお出かけするって決めた日や、三日も続けてどんよりした雨模様だったら気分が滅入っちゃうけど、それでも友達のリンちゃんやナナちゃんみたいに、雨音を聞くだけでうんざりするなんてことはない。
何かしたいけど何をしていいか分からない日は、リビングのソファーの上でどうしようって焦りだけが募って、そんな時に雨が降ってくれると踏ん切りがついてスッキリするのだ。罪悪感を感じることなく、今日はこのまま家でゴロゴロしていよ~って気持ちになれる。
ソファーに寝ころんで一人耳を澄ませてると、静けさの中で雨音だけがどんどん鮮明になってきて、自分の感覚が研ぎ澄まされていくみたい。
屋根を打つ雨音と、窓を叩く雨音と、壁を伝って流れ落ちる雨音、しとしと降る雨が家の輪郭をはっきり感じさせてくれて、今私はちゃんと家に守られてるんだって安心する。
そうするといつもの家が急に私だけの秘密基地のように思えてきて、一人で探検に出掛けたくなる。電気が消えた家の中は昼間なのに雨のせいで薄暗く、私は自分のテリトリーに異常や危険が潜んでないか、隅々まで目を光らせるのだ。
リビングにある冷蔵庫の隙間やソファーの下を確認した後、私は階段を上がった二階の突き当たりにある、「勝手に入っちゃ駄目よ」といつも叱られるお母さんの部屋まで少し覗いてみる。
お母さんの部屋はほんのりいい匂いがして、空気がふわふわしている。私はこの部屋でお母さんと一緒に寝るのが大好きだ。勿論そんなに子供じゃないし、いつもお母さんと寝るなんてウザったいけど、たまに無性にお母さんにくっついて寝たくなる。
ちなみに、お母さんは私の本当のお母さんじゃない。そりゃあお母さんは自ら絶対にそんなことは言わないし、あなたは私の自慢の娘だって頭を撫でてくれる。
でも分かるんだ。まず私の前でお父さんの話を全くしないし、それに顔が全然似てないんだもん。私の方がお母さんより目がクリクリして、髪だって断然柔らかい。
そう考えたら何だか本当のお母さんじゃなくて良かったようにも思う。
だって本当の娘のようにお母さんの欠点は受け継がなくて、本当の娘のように無償の愛情だけ注いでくれるんだもの。
家の探索が終わった頃には雨が上がって、私はなんだかお昼寝がしたくなる。
リビングを見渡してとりあえず大きなダイニングテーブルの下に体を収めてみる。下から見上げるダイニングテーブルは何だかいつもより大きく感じて、フローリングの床に頬をつけると、少しひんやりして気持ち良かった。
今度はリビングを出て玄関の前の廊下に大の字で寝転ぶ、家の前を通る車の、水たまりを切って進む音がちょっと耳障りだ。
そして今度は、廊下から見える階段の踊り場が気なってまた移動する。
踊り場の狭いスペースで私が試行錯誤していると、階段の壁にある窓から曇り空を割って薄い光が差し込んできた。
それは私の秘密基地をいつもの家に戻す光のような気がして、私はリビングに戻って結局ソファーに寝ころぶ。
玄関のドアが開く音で目が覚めた。帰ってきたお母さんがスリッパを穿いて歩く時の、ペタペタって音が近づいてくる。
私はお母さんを驚かしてやろうと、暗闇の中でリビングのドアの前にうずくまって息を殺す。「ただいま~」て言いながら、お母さんがリビングのドアを開けても私はまだ動かない。
そしてお母さんが私の名前を呼びながら、リビングのドアのすぐ横にある電気のスイッチを押した瞬間、私は死角から一気にお母さんに飛びかかる。
お母さんはびっくりした後、笑いながら私を抱きしめる。
「アンタお利口さんにしてたの?」って私に顔を近づけてくるから、私は甘えた声で顔を擦りよせ、自慢の舌でお母さんの頬を舐めて上げる。