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毎週ショートショートお題 「世界一しょぼいタイムスリップ」


 ついにタイムスリップの能力を手に入れた。

 少年が幼い頃から憧れていた能力。タイムスリップに関するあらゆる書物を読み、映画を観て、高速バックステップの練習や瞑想までも繰り返した結果、中学三年になった今、心と体と知識の融合を果たした。
 少年にとってそれは悟りのように静かで、稲妻のように刹那の衝撃だった。
 今なら出来るという確信と同時に、一度きりだとも感覚で理解していた。いつか能力を使うその時まで、鍛錬を怠らず待たなければいけない。

 少年が風に当たろうと部屋の窓を開けると、西澤まどかが自転車で家の前を通り過ぎるのが見えた。前カゴに入った大きな紙袋を見て、西澤が友達の家に泊まりに行くと教室で話していたのを思い出した。
 ぼんやり眺める少年の前で西澤の紙袋から何かが落ち、彼女は気付かず通り過ぎた。道路には薄いピンク色の何かが残されていた。

「…あれはもしかして西澤まどかのパンツなんじゃないのか…」

 少年は瞬間にそう思った、紙袋から着替えのパンツが落ちたのではないかと。少年の鼓動は急激に激しくなり全身を波打たせ、さらには熱を帯び始める。

「本当にパンツなのか確認したい、でもそれは変態の行為ではないだろうか」

 少年は逡巡を巡らせる。しかしあまり時間をかけて先に誰かに拾われたくはない。少年は意を決して家を飛び出した。

 そこには西澤まどかがいて、素早く何かを地面から拾い上げたところだった。

「あれ、何してんの?家ここ?」

「えっ、あ…うん。西澤こそ何してんだよ」

「私は…ちょっと落とし物拾ってただけ」

 少し恥ずかしそうにしている気がする。何を落としたのか聞かれたくなさそうで、顔も少し赤らんで見える。そして少年は西澤と別れた後に、ある大きな決断を下す。

 今、少年は呆然と部屋の一点を見つめている。
 机の上では、クシャクシャになった赤福の包装紙がそっと風に揺れていた。

 

 

 

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