🅂17 夏休みの宿題と異次点間選択(1)
「A little dough」 第1章 自分をどこまで信用する? 🅂17
▽戻り梅雨も過ぎ去っていよいよまたあの暑い夏の日差しが戻ってきました。子供たちにとっては待ちに待った夏休みの始まり、私の子供の頃は1年の中でこんなにわくわくすることはなかったように記憶しています。夏休みといえば、「夏休みの友」をはじめとした数々の宿題の山。私は夏休みの初めに一通り予定を決めて、早めに済ましたいと思っていました。夏友はたいてい1週間くらいで終わるのですが、そのほかの工作や自由研究といった類は面倒で先送りとなり、休みの終わりごろに兄や姉たちに手伝ってもらっていた記憶があります。
▽ところで、宿題を今やるか後でやるか、お金を今使うか後で使うか、といった時間を隔てた選択を、経済学では「異次点間選択」と呼ぶそうです。それではなぜこのような問題が経済学のテーマになるのかでしょうか。経済学では「人は死ぬまでに得られる幸福度の総計を最大にしたいと考えている」という前提があるからのようです。この前提についてはこれ以上踏み込みませんが、仮にその前提に立ったとして、夏休みの宿題にどう対応するかと考えた場合、①最初から宿題は最終日近辺にやろう(後回しにしよう)と決める人達と、②早めに計画的に済まそうとする人たちがいます。ここでは実際にできるかどうかではなく、まず「なぜその様に判断するのか」について考えてみます。
▽人間の時間に関する感覚を経済学では「時間割引率」を使って説明します。例えば今日の価値を「100」とした場合、一日の時間割引率が1%の人は翌日を「99」に感じます。翌々日については「98.01」更に日が経つにつれ「97.03」「96.06」と1%づつ割り引かれていくということになります。筒井義郎ほか著「行動経済学入門」第3章 時間選好(東洋経済新報社刊)によると、異時点の原因となる時間の経過に関する人間の感覚には大きな個人差があることがわかっています。このような個人差には、年齢・性別・喫煙の有無・国籍など多くの要素が複雑に絡み合っているようです。また一般に時間割引率が高い人はせっかちになり易いという傾向があるようです。
▽同書で示されている大阪大学の「くらしと好みと満足度についてのアンケート(2010年度)」での時間割引率関する調査結果は、以下のようになっています。
・日本におけるの時間割引率の分布
(割引率/年)(シェア/100)
0% 約5%
5% 約29%
25% 約4%
70% 約14%
150% 約9%
250% 約11%
650% 約18%
3000% 約7%
5000% 約3%
5%という実際の金利的な感覚をお持ちの方が約3割と多いようですが、そのほかはかなりバラツキがあり、70%付近と650%付近にも大きな山があるようです。
▽ところで、40日間もある夏休みの最終日近辺に宿題をやろうとする人と事前に済まそうとする人の違いは何でしょうか。2006年にエコノミスト誌において、当時大阪大学の池田新介教授(現、関西学院大学教授)は、以下のように述べています。
▽また上記の予想に対して、せっかち度の高い人(時間割引率が高い人)ほど、宿題を最後にする確率が高いというアンケート結果も示されています。具体的にはせっかち度を5段階(低A~高E)に分けて、宿題を最終日近辺でやるかどうか調査したところ、Bランクが18%程度で一番シェアが小さく、Eランクが26%程度でシェアが大きくなっています(詳しくはコノミスト誌のリンクをご覧ください)。このことから、時間割引率の高低が一定の影響を与えていることが想定されます。
▽一方で池田さんも述べられていますが、この時間割引率を時間の経過によって観察すると、「直近の値が高く長期的には低くなる」という傾向もあるようです。ここでは、「行動経済学入門」の第3章・時間選好に記載された事例をベースに以下の設問を考えてみます。
(設問)
(1)①今日10,000円と②7日後の10,100円、どちらをもらうか。
(2)①90日後の10,000円と②97日後の10,100円、どちらをもらうか。
(解説)この設問は「7日間待つことの嫌さ」を訊ねています。
・(1)(2)でそれぞれ①または②の同じ選択をした方は、割引率の高低はあるものの、率そのものは変わっていないと想定され、その意味では一貫性が保たれている方で、これを「指数割引」とよびます。
・一方(1)では①の「今日」を選びながら(2)では②の「97日後」を選択した方は、「今は待てないが、90日後なら待てる」という一見矛盾した現象が起きています。つまり時間の経過とともに「待てない」が「待てる」に変わっている可能性があります。このように時間割引率そのものが変化する方を、割引率関数の形状から「双曲割引」と呼びます。
▽双曲割引の方は夏休みの前半の割引率が高く(せっかちな選択をしがち)、後半は低く(辛抱強い判断が可能)なる傾向があります。つまり夏休み当初の計画は、楽しいことを前半に行い、辛抱強さが求められる宿題は終わりごろにやるのが、本人にとって合理的な選択なのです。「宿題を後回しにする」というよりその時点では大真面目に合理的に判断しているのかもしれません。
▽さて、ここまでのまとめです。
上のグラフは指数割引と双曲割引をイメージしたものです(※上記グラフは私が下記前提で行ったものであり、アンケートなどの調査に基づくものではありません)。縦軸に価値、横軸に日数を取っています。
夏休み前日のにその価値を「1」として、その後40日間の価値がどのように感じられているか、シミュレーションしました。
(1)青の指数割引(低)は、一日の割引率を1%としたものです。緑の指数割引(高)は、同様に5%としています。最終日近くの一日の価値は前者が「0.67」後者が「0.13」となり大きな開きがあります。仮に最終日近辺の価値がこれだけ低ければ、結果的に40日後の宿題をやるという課題もストレスになり難く、最終日近辺にやる(後回しにする)という選択をしてしまうと考えられます。
(2)赤の双曲割引は、当初の割引率は4%としていますが、30日間程度は徐々に低下しその後の割引率は1%程度で推移する試算としています。最終日近くの一日の価値は「0.42」程度となります。少しわかりにくいですが、最後の10日間は青のラインとほぼ平行ですがそれ以前はかなり大きく低下するカーブになっています。前述の通りですが、割引率が高い時はせっかちとなりやりたいことを優先し、低くなれば辛抱強く宿題をするという選択になっています。これを普通「後回し」というのかもしれませんが...。
▽以上のように、夏休みの前日の段階で「宿題を後回しにする」選択をする行為には、「指数割引で割引率が高い」あるいは「双曲割引」の二つの事象が影響を与えているということが言えそうです。とはいうものの、例えば冒頭に記載したように、私自身は予め計画をたてて宿題を事前に済まそうとするタイプでした。ところが、途中で示した設問では(1)では今日を選択し(2)では97日後を選択しているのです。つまり典型的な双曲割引なのです。もちろんこういうことはいくらでも起こり得るのですが、ではなぜそうなるのかというあたりを次のセクションで考えてみたいと思います。