🅂６ 支出判断とヒューリスティックス（４）➡シミュレーション／感情

「A little dough」 第４章　支出して生活する　🅂6

　🅂３から「支出判断とヒューリスティックス」について具体的に考えてきました。代表性、アンカリング、そして利用可能性とヒューリスティックスはそれぞれ私たちの日常的な支出判断に大きな影響力を持っています。更に今回はシミュレーション・ヒューリスティックスや感情ヒューリスティックスについて考えてみます。

➤支出判断とシミュレーション・ヒューリスティックス
　シミュレーションとは「模擬実験」といった意味で使われる言葉ですが、シミュレーション・ヒューリスティックスとは、過去の経験や学習をもとにした将来予測を判断材料にすることをいいます。シミュレーションは予測にすぎませんので、過去の良い結果は更なる良い結果に結びつけられやすく、悪い結果はその逆になりがちです。
　支出への影響を考えた場合、例えば昨年の賞与が大きく増加したという実績があると、今年も同じように増加すると予測し、これを根拠に新たな買い物を計画してしまいます。しかし実際そうなるとは限りませんので、思わぬ失敗に繋がりかねません。また将来の値上がりや物不足を予想し賢く対応したつもりでも、過大な出費や無駄な買い溜めなど行ってしまうことも考えれます。私の家にも大量の紙マスクの在庫があったりします。
　過去の経験や学習そのものではなく、これに基づく「予測のもっともらしさ」が影響力を高めるということですから、予測という自由度の高い行為が強い先入観に繋がる可能性があり、その点は特に注意が必要だと思います。

➤支出判断と感情ヒューリスティックス
　感情ヒューリスティックスとは、その名の通り判断材料に感情を置き換えて使うというものです。身近な例でいえば、いくつかの選択肢のうち、好きな俳優が広告に使われているというだけで、その商品に決定したりします。あるいは、思いもかけず親切な店員の対応によって気持ちがポジティブになり、何かを購入してしまうようなケースも考えられます。しかしこれらは、本来の目的物の購入理由とは関係ありませんから、少なくとも「必要性のプライオリティー」を高める理由になってはいません。　
　推測ですが、このように判断を感情に委ねるケースはかなり頻繁に起こっているように思います。たぶん「好きだから～する」と考えることは、ごく自然で説得力があるからだと思いますが、実際には上記の例のようになんらかの錯誤が起きている可能性を検討すべきです。

　「好き嫌い」は、衝動買いをしたいときの理由としても絶対的な役割を担いそうです。「好きだから買う」といわれてしまうと、これが他人事であればもうぐうの音もでず、反論のしようがありません。しかし🅂５で記載したように、衝動買いの多くのケースでは買うこと自体が目的になっていますから、この場合理由はどうでもいいのです。むしろ確信犯的に正当化した理由付けをしている、と考えるべきかもしれません。

➤冷静でも避けられない…？

　ここまで、代表的なヒューリスティックスが引き起こす認知エラーの具体例についてみてきました。ここで確認の為に、第１章🅂１のファストアンドスローに関する記述を再掲したいと思います。

　カーネマンによれば、1970年代までの社会科学的人間観は、以下のようなものであったとしています。
①人間はおおむね合理的であり、考え方はほぼ理に適っている。
②人間が合理性から逸脱した行動をとる場合、恐怖・愛情・憎悪といった感情で説明できる。
　これに対してカーネマンとトベルスキーの論文では、次の2点を指摘しています。
①普通の人間の思考には、系統的なエラーが入り込みやすい。
②これらは感情の影響ではなく、人間の認知装置の設計に起因する。
（以下略）

「A little dough」 第１章　自分をどこまで信用する？　🅂1

　認知エラーの原因は、恐怖・愛情・憎悪といった感情に起因しているのでなく「認知装置の設計に起因する」というのがカーネマン等の主張です。これを前提に考えると、認知エラーに陥った際に、漠然と「冷静になる」ことで解決しようとしても不十分であるということになります。「認知装置の設計に起因する」エラーというのは、私たちが十分に冷静であっても避けられないケースがあるからです。

　とはいえ「冷静であること」は、私たちが意思決定を行う場面において、当然のことですが、重要な意味を持っています。何かに夢中になったり、予期せぬ事態で慌てているような状況では、何らかのバイアスに支配されてしまう可能性が高くなるからです。まずは冷静であること、そしてそれ以外に、これまで記載したヒューリスティックスによる認知エラーに対処する方法があるかどうか、次回ではそのあたりを検討してみたいと思います。