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🅂5 ヒューリスティックの先にあるもの

「A little dough」 第1章 自分をどこまで信用する? 🅂5

▽システム1は、ほぼ努力せず、無意識のうちに、多くのことを、素早く直感的に判断します。より主観的で文脈を重視し、感情との結び付きが強いといわれます。このようなシステム1の判断根拠の源は、過去の経験則です。例えば、プロ棋士の羽生善治は「直感には邪念の入りようがない…(中略)迷ったら元に戻って直感に委ねることがよくある」といっています。プロ棋士の直感は、数えきれないほどの状況や戦術の記憶とその中から次の一手を選択する素早い判断力に裏付けられていますが、それでも「直感は7割正しい」という程度の評価のようです。

▽これも確かに同じ「システム1」かもしれませんが、私たちが日常的に使うシステム1とはかなり次元の違いを感じます。まず将棋という世界に限定されてはいるものの、状況と戦術の経験的な記憶量が圧倒的に多いこと、また先入観などの偏った情報は徹底して排除されていること、などがあげられるます。羽生善治は「自分の得意な形に逃げない、ということを心がけている」とも言っています。「自分の得意な形に持ち込む」というのが凡人の発想ですが、彼は「自分の形に持ち込めば勝てる」という先入観を最初から排除しているように思えます。

▽このように徹底した訓練と経験によって磨かれたプロの直観力(=システム1)は、どうやら別物のようです。彼らのシステム1の特徴は、まずそれぞれの局面において過去情報との完全一致を試み安易にヒューリスティックに依存しないよう訓練されている、また経験値のない新しい局面においては、より精度の高い置き換え処理を行い系統的なエラーもストックされた経験則によって殆ど制御される、と考えられます。カーネマンも「ファスト&スロー」の中で、システム1に関しては「適切な訓練を積めば、専門技能を磨き、それに基づく反応や直感を形成できる」と述べています。

▽私たちの日常生活を前提にした場合に、優れた棋士が勝負の世界で発揮するような直観力(=システム1)を持つことはまず無理でしょう。特定の分野であれば、それ相応の訓練をすることで多少の力量アップも可能かもしれませんが、日常生活となると、どうでしょう、とにかくいろんなことに挑戦して、広く浅くでもいいので経験値を上げていく、くらいのことしか考え付きません。

▽とはいえ現代に生きる私たちの場合、賢人たちがストックした系統的エラー情報を参考にしない手はないでしょう。そのためにはまず「自分が系統的エラーを頻繁に起こしている人間である」という自覚が必要です。その上で思い出していただきたいのが、このマガジンの最初のnoteで記載した「ミュラー・リヤーの錯視」の図とカーネマンの言葉です。

ミュラー・リヤーの錯視

ノーベル経済学賞を受賞した認知心理学者で「ファスト&スロー」の著者であるダニエル・カーネマンは、この錯覚に逆らうために私たちにできることはたった一つしかない、といっています。
「羽根のついた線が出てきたら、見た目の印象を絶対に信用しないこと」
つまりどうやっても脳の知覚は変えられないので、一つひとつの錯視のパターンを覚えてしまうしかない、というやや悲しいアドバイスです。

 note 「自分をどこまで信用する?」より


▽「羽根のついた線が出てきたら、見た目の印象を絶対に信用しないこと」という言葉は、特定の錯視に関するアドバイスです。錯視を起こす原因は様々で、これを防ぐ共通のアドバイスは存在しないということなのでしょう。そうであれば、私たちは腹を括るしかありません。ヒューリスティックで起こり得る現象にはどんなことがあるのか、それを知り記憶しておくことです。これがシステム1が引き起こす数々の系統的エラーに対処するための、一番現実的で有効な方法なのかもしれません。


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