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Forget me not

今年の3月、2年間勤めた塾講師のアルバイトを退職した。職場の人間関係は良好で、教室長とは勤務終了後1時間くらい与太話をしたこともあるし、バイト先の先輩ともプライベートで何度も遊んだ。
かなり居心地が良く、昨年大学のスケジュールが空白になって以来、ほぼバイト詰めの生活を送っていた。

塾講師というアルバイトの性質上、確かに職場の関係も大事かもしれないが、一番苦労したのは生徒との関係である。
私自身世間のトレンドに疎いため、流行は生徒との会話を通じて意識することが多かった。中でも、小・中学生の「鬼滅」人気は確かに凄まじいものであったと思う。
授業中半ばの休憩時間という彼らのオアシスを捨て去ってまで、終始その話題が絶えなかったこともある。
幸い漫画は好きなので何とか話題にはついていけた。

人間の慣れというのは恐ろしいもので、初回の授業でガチガチに緊張していた子も数週間後にはため口のフランクな関係にまで落ち着く。
この状況は全く不快というわけではなく、むしろ歓迎していた。やはり勉強だけというのは集中力が持たないであろうし、話題がある方が、生徒のモチベーションが保てる。
私自身も巣ごもりの中で会話の回数自体がかなり減っていたので、会話をする機会が与えられているというのは非常に良かった。

私はこの講師という役割に関して、ある苦悩を抱えていた。

この子達にとって「私」とはどんな存在たりうるのかという話である。

大人の態度というものを子供達はよく理解している。何か不自然な態度や姿勢があると案外察されてしまうものだ。

突然塾外の問題の質問対応に追われた際に咄嗟に解法が思い浮かばず、
「君はどのようなアプローチをしようと思ったのかな」
という姑息な逆質問をして時間を稼いだこともある。分からなくて聞いてきたのは生徒の方なのであるから実にナンセンスな対応である。特に真面目な女子生徒はそんな私の様子を察して、
「もう少しだけ考えてみます」と猶予をもたせてくれた。
模試の数学を満点で1位を取るような子だ。私は無能講師の烙印を押されたに違いない。この子の人生において私は悪い意味で印象に残ることだろう。

開き直るわけではないが、この「印象に残る」というのは非常に重要だ。
よくある話だが、人間は2度死ぬという。1つは肉体的な死、もう1回は現存する人の記憶から消し去られたときである。
数年前のpixarの映画「リメンバー・ミー」ではまさにこれがテーマにされており、現実の世界で忘れ去られた故人は死後の世界からも消え去ってしまう。

塾講師アルバイトはありふれたものであり、頻繁に講師が代わることだってある。その中で私の生徒に対する感情だとか熱意は実体としては残らないが、生徒の印象に残ってはじめて意義のあるものとなる。人の受験という一生の中でも屈指の名シーンに携われるということ、そして生徒の人生に居残らせてもらえる、これこそ講師冥利に尽きるというものである。

私が講師を引退する2か月前、ある事件が起こった。
ちょうど講師2年目で脂が乗ってきたこともあり、生徒との信頼関係については相当の自信を持っていた。今思えば調子に乗っていたのかもしれない。教室で着用することとなっていた講師ネームプレートも外し、マニュアルに定められている休憩時間なども生徒によって自在に変えていた。

私が講師を引退するまで約9か月間担当し続けた小学生の女の子の授業を行っていた時の話である。
地頭が優れており、優秀なのだが暗記という作業が苦手な子であった。
しかし、彼女の力をもってすれば暗記も容易なはずであり、テスト本番ではきちんと暗記問題も正答できていた。
だが自尊心が比較的低く、明るい性格とは裏腹に「私は記憶力がないからからダメなんだ」と自嘲するようなこともしばしば口走っていた。
私は小学生がそのようなナイーブさを持っていることに慎重な配慮をしつつも、「先生も教えているんだし、必ず出来るようになる。この数か月△さんのことをダメだなんて思ったことがない。記憶力なんて関係がないよ。」
と自分にも言い聞かせるようにして励まそうとしていた。
ナイーブになっている子に対してただ言葉をかけるだけでは無用であり、納得をもって前に進まないことには勉強という作業に集中できないかもしれない。
そこで、「君は覚えられているし、記憶力は悪くないこと」を実感してもらうために何らかの具体例を探す必要があった。
当時私が咄嗟に考えたのは以下の通りである。

「ほら、今まで話してきたみたいに、お互いの趣味とかには詳しいでしょう。勉強だけを特別に意識する必要はありません。意識しなくたって、話していたら先生の名前だって自然に言えるようになったでしょ?」

少女は首を縦にも横にも振らず、ひたすらに空を仰いだ。

その次の週から、残りの勤務日数が1か月にして初心に回帰し、再びネームプレートをぶら下げることにしたのである。

終業後、私は自らの存在意義を確かめるように、帰路の途中で仲の良い先輩に自分の職場での評価を聞いた。良い授業を提供できていると言ってもらったが、私の深刻な面持ちがそうさせたのかもしれない。
あと1か月、「自分」という存在を人生に刻みつけてやろうと決意し、努力した。
退職前の最後の授業、私は少女に私の授業はどうであったか尋ねた。
少女は私の胸元をはっきりと確認して、
「〇〇先生の授業は面白かった!」と答えてくれた。

講師アルバイトを引退して早4か月。
生活にぽっかりと穴が開いてしまったような感じだ。

時間があれば教え子たちにスイートピーでも渡しに行こうかな。

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