『独り剣客 山辺久弥 おやこ見習い帖』レビュー(ネタバレ無し)
※物語の結末に関するネタバレはありませんが、書籍の帯や裏表紙に記載されているあらすじ程度の内容を含みます。未読の方で、完全にまっさらな状態で作品を読まれたい方は、この記事は読まないでください。
最初に断っておかないといけないのは、僕が時代小説の良き読者ではないということです。これまでに読んだ歴史小説・時代小説は数冊〜多くても十数冊程度。高校時代は日本史を選択していましたが当時から苦手で、あれから十余年が経過した今、残った知識は「いいくにつくろうかまくらばくふ……?」くらいのものです。恥ずかしながら江戸時代のシステムも風俗もよくわからない。そんな難ありすぎな読者を、一瞬にして江戸時代に連れて行ってくれたのが本作です。
独り剣客 山辺久弥 おやこ見習い帖
笹目いく子/著
立原圭子/装丁イラスト
アルファポリス文庫
ISBN:9784434337598
物語は、文政の大火のある一場面から始まります。この冒頭から、ぐっと作品の世界に引き込まれていきました。語りの塩梅が絶妙なのです。時代小説初心者にも読みやすい易しい、けれども時代の雰囲気を感じさせてくれる趣のある、巧みな語りによって、気づけば江戸時代の風景に入り込んでいました。
物語の冒頭、三味線の師匠で剣客でもある久弥が出会った迷い子は、なんだか謎めいています。久弥も久弥で、なにやら複雑な事情を抱えているらしい。二人にどんな過去が?と気になって読み進めるうちに、今度は彼らの周りが騒がしくなってきて……。謎や二転三転する展開に、ページを繰る手が止まりません。そんなストーリー構成も巧みなのですが、僕が一番惹かれたのはキャラクターです。
久弥も、迷い子も、その後出てくる登場人物たちも、みんながそれぞれに魅力的で。どうかそれぞれが幸せになってほしいと、祈るように読み進めました。
登場人物の魅力っていろいろあるとは思うのですが、僕が本作の登場人物に感じた一番の魅力は、想いのまっすぐさです。人が人を想う気持ちの強さ、尊さに、胸を打たれました。舞台は江戸時代。現代とは数百年の隔たりがありますが、人が抱く気持ちの普遍性を感じます。
と同時に、江戸時代ならではの出来事や制度、価値観に翻弄され時に抗おうとする姿や、時代の空気感には、時代小説ならではの味わいがありました。普段現代小説を中心に読んでいる僕には、その味わいがとても新鮮で魅力的でした。
……と、ネタバレ無しでその魅力を語らんと頑張ってみたのですが、なかなかに難しいですね。ああもう、◯◯の××のシーンで泣いた!とか、△△が■■のシーンはやゔぁい!とか、そんな感じで感情のままに書きつくれば良かったのかもしれません。
ここまでなんのかんのと綴ってきたのですが、言いたいことはただ一つです。
面白いけん読んでみて。
もう、これに尽きます。これ以外のことなんて全部蛇足な気がしてきました、が。どうかこの記事が、ちょっとでも誰かの読むきっかけになってく……れることがないにしてもですよ、このネットの海にまた一つレビュー記事が増えたことに意味があるのだと自分に言い聞かせて、この蛇足をアップさせていただきます。
ああだこうだ語るのに一生懸命で、大事なことが伝わってないかもしれないと不安になってきたので、最後に一言だけ。
とても面白かったです!笹目先生、素敵な作品をありがとうございました!