子林檎ちゃん(SS小説)

 果樹園には多くの林檎が生っている。

 新米はこの果樹園の新人だ。

 果樹園お揃いのエプロンをしっかりと着て、真剣にガラガラを振る。

 ――ガラガラ♪ ガラガラ♪

 ――キャッキャッ、キャッキャッ。

 赤ちゃんの笑い声がする。その声は林檎の実から鳴っていた。

「あやすの上手くなったね」

 木の向こう側でガラガラを鳴らす先輩が声をかけた。

「練習した甲斐がありました」

 新米は嬉しそうにガラガラを鳴らす。

 果樹園農家は皆ガラガラが必携である。なぜなら、子ども期の木の実が泣いたとき、一番これであやすからだ。ついでにいうと子守歌も歌えなければ農家になれない。

 子ども期の木の実を育てること、それが新米の仕事だ。まだまだ慣れないことが多い。先輩に教えてもらうことばかりで、はやく一人前の農家になることが新米の目標なのである。

 農家の仕事は多岐にわたる。

 肥料を運ぶ力仕事や果物たちの味を良くする研究業、人によっては果物のプロデュースすら行うクリエイターもいる。

 それだけではない。古株の農家は基本的に凄腕の保育士と変わらない技術を持つらしい。新米は元人間の保育士だが、人の赤ちゃんと木の実の赤ちゃんの育て方は違うのでなかなか通用しない。

 新米はタオルで顔を拭った。

「早く大人林檎ちゃんになってほしいですね」

「あと一か月もしたら勝手にそうなっちゃうよ」

 子林檎と大人林檎の違いはサイズと色、声を出すかどうかだ。子林檎たちはわんわん泣くが大人林檎たちは大人しく、そうそう声を出さない。たまにフッと笑うときがあるくらいだ。

 こうして育てていった子林檎たちは大きくなって出荷される。

 新米にとって初めて一から世話した子どもたちも、あと一か月で出荷だ。

 ちょっと寂しいけど、仕方がない。

「最後まで、ちゃんと世話するからね」

 新米はガラガラを振った。

 子林檎たちの声が笑う。

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